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【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む 16 (「澪標」シリーズより)


新居に仕事に結婚式と忙しくなるので、志津への報告は籍を入れてからなんて悠長なことは言えなくなった。

僕は竹内くんの電話を切った後、すぐに志津に電話を掛けた。

「志津、こないだは青梅ありがとう。梅シロップにして今日いただいたんだけど、すごく美味しかったよ」

「おお、そうか!うちは、梅酒にして飲んだぞ。あっ、糖尿なんだから酒は控えろなんて野暮なことは言うなよ?旬を味わうのは、大事なんだからな!」

「飲んでも良いけど、程々にだからな!健康を害して、僕たちの結婚式に出席出来ないなんて、絶対に許さないからな!」
僕はうっかり、全ての説明を飛ばしてしまった。

「ん?結婚?航が?誰と?」

「鈴木さん……」

「どこの鈴木……まさか鈴木みおか?お前、小山に引っ越したのって……嫁さん亡くして寂しくなって、会社時代お気に入りだった鈴木を旦那さんから横取り……」

「違う。何でそんなことを思いつくんだよ。鈴木……澪さんは今は独り身で、小山の病院の看護師長として働いているんだ。彼女が還暦を迎えたら、入籍して、新潟に建てる予定の新居で結婚式を挙げる。志津には結婚式に出席してほしいんだ」

「あの鈴木が航と再婚……あの真面目な鈴木が航の嫁に……本当に?」
志津は半信半疑のようだった。

「……ああ。僕がこんなことをわざわざ電話で嘘を言う訳ないだろう?」

「うわ〜!そんなの寝耳に水だぞ!俺はどこから驚いたら良いんだ……あっ、鼻血が垂れた」
どうやら、志津は興奮し過ぎて鼻血を出してしまったようだった。

「驚かせて済まない。本当は順序立てて説明しなくてはならなかったのに……あと、僕はこれから仕事も始めるから、これまでのようには会えなくなるから」

「……そうか。でも、生き甲斐を無くしてぼんやりしているより、忙しくしている方がお前らしいのかもしれないな」
鼻血を止めるため小鼻を摘んでいるらしく、フガフガと話しにくそうだった。

「結婚式について詳しいことが決まったら、また連絡するから。鼻血が止まるまで安静にしてよ」

僕が電話を切ろうとすると、志津は慌てて「おめでとう。鼻血さえ出てなければ、今すぐ祝杯を挙げたいんだが」と祝福してくれた。僕は「ありがとう、祝杯は式まで取っておいてよ」と言って、電話を切った。

「航さん、竹内くんや志津課長の反応はどうでしたか?」
別室で親友の彩子さんに電話をしていた澪さんが、おずおずと聞いてきた。

「2人とも、とても驚いていました。竹内くんは仕事を紹介してくれるそうです。志津は『おめでとう』って言ってくれましたよ」

「航さん、仕事紹介してもらえるんですか?後で私からも竹内くんに御礼を言わないと。志津課長、相変わらず温かい人柄だなあ」
澪さんは嬉しそうだったが、男2人を褒めていることに、僕はちょっとだけ嫉妬が燻ぶるのであった。

「ところで、彩子さんの方はどうでしたか?」

「彩子には、航さんと再会していたことは伝えていたので、竹内くんたちみたいに驚かれはしませんでしたが、『良かったね、おめでとう』と涙声で喜んでくれました。それと、『結婚式の準備は、ぜひ手伝わせてほしい』と。彩子の旦那さん、フェルセン……生演奏が自慢のカフェを営んでいるんですよ」

澪さんの口ぶりで、彩子さんが『あのこと』を、澪さんに伝えていないことが分かった。『あのこと』は、僕から澪さんにいつか話さなければならないと分かっている。だけど、それを伝えたら今の幸せに影を落とすのではないかと思い、言い出せないのだった。



季節は巡り、前妻・実咲さんの一周忌が近づいていた。

息子の航平から一周忌のことで電話が掛かってきた。僕は澪さんに会話を聞かれないよう、声を落として法事の相談をした。

「仏壇は東京の僕の家に置いたままでいいよね。みのり叔母さんも手を合わせたいだろうから」
息子の言う「みのり叔母さん」とは、大阪に住む実咲さんの妹のことである。

「そうだね。みのりさんに再婚を知らせるのは一周忌の時が良いかな?」

「じゃあ、法事が終わった後、父さんと話せるよう、僕から叔母さんに伝えておくよ」

「航平、何から何まですまないね。本当は僕が率先して準備しなくてはならなかったのだけど」

「父さんは自分や澪さんのことを優先してよ。今日も新居の進捗状況を見に行くんでしょう?」

新潟の新居が少し前に着工し、基礎が出来上がってきたと連絡があった。これから澪さんと2人で新潟まで進捗を確認しに行くことになっていた。

「ありがとう。航平、僕は頼りになる息子を持って果報者だよ」

「ふふふ、何それ」
照れくさそうに息子は笑った。



実咲さんの一周忌の日、みのりさんが上京してきた。僕より歳上の彼女は、綺麗なシルバーヘアをボブにしており、喪服や黒真珠のネックレスは質の良いものを身に着けていた。

「航さん、お久しぶりです」
みのりさんはずっと大阪に住んでいるので、敬語を話していてもイントネーションが大阪弁である。

「みのりさん、今日は亡き実咲さんの一周忌に来てくださりありがとうございます」
僕は丁寧に頭を下げた。

集まったのは、海宝家からは僕と息子家族、僕の弟である千洋ちひろ、実咲さんの実家からはみのりさん1人だった。

千葉にある海宝家の菩提寺でお経をあげてもらった後、代々のお墓に眠る実咲さんに手を合わせた。代々とは言っても、祖父母は新潟、父は海に散骨しているので、彼らはそこには眠ってはいない。墓石に手を合わせている家族を見ていて、僕が将来眠るべき場所はここなのだろうかと疑問に思った。

法事が終わった後、千洋はそのまま帰宅、みのりさんと僕は息子家族と東京の家に移動した。

僕はみのりさんと、リビングで2人きりにしてもらった。

「みのりさん、僕は今新潟に新居を建てています。そこに再婚する女性と住むことになっています」
僕は、簡潔にみのりさんに再婚することを告げた。

みのりさんは目を丸くして、しばらく黙っていたが、「再婚するお相手は、どないな女性なんですか」と質問してきた。

「僕が東京の会社で働いていた時の部下です。今は栃木県の小山で看護師長として働いています」

これ以上言わずとも、みのりさんには察しがついたようだった。

「……航さんは、姉を欺いていたということですか」
言葉の端々に静かな怒りを感じた。

「実咲さんには申し訳ないことをしたと思っています」
僕は深々と頭を下げて、みのりさんに謝罪した。

「姉が火遊びをしていると手紙を出してきた時、別居することも考えていると書かれていたのは、そういうことやったのですね」

僕は静かに頷いた。あの頃は、実咲さんと別れて澪さんと一緒になることを本気で考えていた。

「……たしかに父や母はあなたの好きにしていいとは言うたけど、あんまりやないですか!」
妹が怒るのを、もう怒ることも出来ない実咲さんあねの怒りとして僕は受け止めた。

「……航さん、姉が自殺未遂した後も、ずっとその方とお付き合いしていたのですか?」

その言葉に、僕は横に首を振った。

「僕は実咲さんが死のうとした時、自責の念に苛まれました。強迫性障害に苦しむ実咲さんと、きちんと向き合う為に、崩壊寸前だった家族を建て直す為に、彼女とはお別れをしました。お付き合いしている間も、双極性障害という病を患っている妻やまだ学生だった息子のことを気にかけてくれた彼女は別れを了承してくれました」

「姉を支え続けたのは、義務からだったの?」
みのりさんは涙を堪えていた。

「強迫性障害の治療が始まった頃は、そうだったかもしれません。だけど、実咲さんが僕や息子の為に過酷な治療に耐えている姿に心を動かされました。強迫性障害が寛解した時は、心から嬉しかった」

みのりさんはしばらく黙り込んでいたが、重い口を開いた。

「私は実咲の妹として、航さんの再婚を心から祝福することは出来ません。けれど、私は姉を見捨てないでいてくれた航さんには感謝しています。あなたが姉を見捨ててしまったなら、姉は命を落としていたでしょうから。だから、私は再婚を、条件をつけて許そうと思っています」
みのりさんは、僕の目を真っ直ぐに見た。

「条件?」
僕は息を飲んだ。

「姉を……海宝実咲をずっと忘れないこと。毎年の命日にはお墓参りを欠かさないこと。それが条件です!」

「分かりました。実咲さんのことは、絶対に忘れません」

僕は、みのりさんに、そして亡き実咲さんに誓った。



実咲さんの火遊びを知らされたご両親の対応や、実咲さんが強迫性障害になってしまったきっかけは、may_citrusさん原作「澪標」14話に書かれています。


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さくらゆき
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