愛は犬を描けない【#シロクマ文芸部】
愛は犬専門の肖像画家である。
絵の中の犬は、細密なだけではなく、その犬そのものの眼差しまで表現されていた。
「ああ、この表情、確かにうちの子です!愛さん、ありがとうございます」
依頼主は、いとおしげに絵を抱えて帰っていく。
肖像画家として腕利きの愛だが、唯一描けない犬がいた。
『愛、僕のこといつ描いてくれるの?』
愛に話しかけるのは、ミニチュアダックスフントの仔犬。
「チョコ……私には無理なの。ごめんね」
愛はこの言葉を何度繰り返しただろう。
『愛、また来るね』
チョコもまた、姿を消すのを繰り返す。
世界でいちばん愛しているチョコ。愛の目の前で、自動車に轢かれてしまったチョコ。
チョコの眼差しは悲しくて、チョコを描こうとする愛の筆を止めてしまう。
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