【創作大賞2023】さらぬわかれ 10
「……とりあえず、じいちゃんが俺に伝えるつもりだった話を母さんが知っているかどうか聞いてみよう」
恒太はやはり父・恒孝に尋ねるのは出来るだけ避けたいようだ。
「大丈夫なの?このままだと、お父さんと鉢合わせしちゃうんじゃない?」
栄子と恒太は、さっき恒孝から逃げてきたばかりだ。
「う~ん。でも帰ってくる時っていつも夜なんだよね。ほら、普段村にいないから村人の目が気になるんじゃないかな」
恒太の言葉には刺がある。
「じゃあ、お父さんより先に恒太の家に向かった方が良さそうだね」
栄子が歩き出そうとした時、恒太が栄子の腕を掴んだ。
「栄子、約束して欲しい。俺から黙って離れないって!」
不安げな様子の恒太に、栄子は自分を掴んでいる恒太の手に優しく触れた。
「うん、もう黙って離れないよ」
「良かった」
恒太は安堵の表情を浮かべた。
(恒太は私のこと心配なんだ。もっとしっかりしなくちゃ!)
恒孝に出くわさないよう細心の注意をしながら、栄子たちは恒太の家に向かった。
家に着くと、波留の自動車が停まっていた。彼女は家にいるようだ。
「ただいま、母さん」
恒太が慎重に玄関の引き戸を開けた。
「お帰り、恒太。どうしたの?深刻な顔をして」
どうやら、夫・恒孝が村に帰ってきていることは知らないようである。
「こんにちは」
栄子が挨拶すると、波留は満面の笑みで、
「栄子ちゃん、こんにちは!」
と挨拶を返した。
栄子にとって波留の笑顔は、いつも心を温めてくれる。今から話すことは彼女の笑顔を曇らせることになりやしないか、栄子は心配になった。
「母さん、父さんはこっちに来ていないよね?」
恒太は警戒して辺りを見回した。
「ええ、帰ってきていないわ。あの人、村に帰ってきているの?」
波留は夫が村にいることすら知らなかったようだ。
「あの人、栄子に揺さぶりをかけて俺を東京の高校に通わせようとしたんだ!何であんな卑劣な奴が俺の父親なんだ!」
「恒太、恒孝さんだって理由があって村の外に住んでいるの。悪いことを言わないで」
このままだと恒太と波留の仲まで険悪になると察した栄子は、何とか話に割り込もうとした。
「ね、ねぇ、波留さん!恒太のお父さんが村にいない理由を聞いても良いですか?」
しまった、と栄子は思った。
咄嗟に思いついたからとはいえ、他人が聞いていい内容ではないかもしれない。
しかし栄子の心配をよそに、波留は「良いわよ」と理由を話し始めた。
「あの人は、この村に伝わる『祟り』に振り回されるのに嫌気がさして出ていったの」
波留は寂しそうな顔で、ポツリとつぶやいた。
「恒太のお父さんも、先ほどそう言っていました。でも、本当に『それだけ』なんですか?」
祟りが原因なら、何も妻子を置いていくことはないはずだ。
「お義父さんは恒太を手放そうとはしなかったの。可愛い孫で、『跡取り』だから。恒太もお義父さんに懐いていたから、私の方が恒太と一緒にこの村に残ることにしたのよ」
「跡取り」という言葉が妙に引っ掛かった。恒太は何を受け継がなくてはならないのだろう。
「母さん、じいちゃんが俺に『家を継ぐ時に、山村家について話しておきたいことがある』って言っていたんだけど、内容を聞いてないか?」
恒太が本題を切り出した。
「私は聞いていないけれど、お義父さんから恒太宛に手紙を預かっているわ」
そういうと、波留は自分と共に、栄子と恒太を仏間に行くよう促した。
仏間には黒漆の金で彩られた立派な仏壇が置かれていた。
壁には、恒太の祖父母やその前の代の人達の肖像画がずらりと飾られている。
栄子は仏間に入るのに気が引ける思いだった。
「栄子、大丈夫だよ。おいで」
恒太が栄子の手を優しく引いた。
入ってしまえば、意外と平気になった。
波留は仏壇の引き出しの箱を引っ張り出した。すると、横から更に鍵付きの箱が出てきた。
鍵を開けると、恒太の祖父が孫に宛てた手紙が出てきた。
「お義父さん、恒孝さんに手紙を棄てられないように、ここにしまっておいたのよ」
波留は恒太に手紙を差し出した。
恒太は手紙を受け取ると、あらかじめ持ってきた鋏で中身を切らないよう慎重に開封した。
山村家の大事な手紙なので、栄子は覗かないよう離れていたけど、恒太は「栄子も一緒に見て欲しい」と言った。
「いいの?もし祟りに全然関係無い内容だったりしたら、私が見たらまずいんじゃないの?」
「その時はその時だよ。それに栄子は……いや、何でもない」
恒太の顔がほのかに赤くなった。
「栄子ちゃん。恒太ね、多分『栄子は将来のお嫁さんだから』って言おうとしたのよ」
波留が栄子に耳打ちをした。
「……え?」
栄子は恒太以上に赤くなった。
「母さん、栄子に何言ったの」
「フフッ!秘密~!」
波留が無邪気に笑った。
栄子は頭の中がぐるぐるしてしまった。
(お嫁さんって……いやいや、そもそも恒太が私を好きって限らないし。今、そんな浮かれてる場合じゃないよね?)
「栄子~、手紙読むから落ち着いて」
恒太に注意されて、ようやく栄子は平常心を取り戻したのだった。
「恒太へ
この手紙を読む頃には大きくなっているだろう。
幼いお前には抱えきれないこの家の闇を、手紙にしたためる。
お前も知ってる丘の上の桜の木、彼処には我らの先祖・恒之新が心中しようとした際に死んだ女の遺灰が埋められている──」
手紙を声に出して読んでいた恒太が、顔面蒼白になり栄子の顔を見た。
江戸時代、桜の木の下で心中事件があったのは村人なら誰でも知っているが、自分の先祖が関わっているのがショックだったのだ。
「やっぱり、さくらの言う『コウノシン様』は恒太のご先祖様だったんだ。恒太、これ以上は無理して読まなくても良いよ」
栄子は恒太を気遣ったが、恒太は首を横に振った。
「栄子、この後に桂さんの意識を取り戻す重大なヒントが書かれているかもしれない。読まない訳にはいかないよ!」
栄子は恒太の意思を尊重して、手紙の続きを読んでもらうことにした。
「恒之新と女を見つけたとき、女は生きていた。
しかし、村人たちは恒之新だけを助けて女を見殺しにした。
意識のなかった恒之新には、既に女はこと切れていたと嘘をついて。」
恒太の手紙を読む手は震えていた。
「ひどい……片方を見捨てるなんて!これじゃ、彼女が村人を祟りたくなるのも当然よ!!」
波留は恒太の気持ちを代弁するように憤慨した。
栄子もひどいと思っていたが、一つ疑問を持った。
「恒太、さくら……心中した女の幽霊の話だと、祟りは『村人が桜の木を切ろうとした』から起こるって言ってた。決してさくらが恨んで祟りを起こしていたわけではないみたいなの。桜の木に生まれた歪んだ力には、もっと別の理由があると思う!」
恨めしい雰囲気はさくらには感じられないと、栄子は思っていた。