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紫陽花の花言葉 7

古い家柄の当家には何人か勤めていたが、菖蒲あやめさんは異質だった。彼女は、兄さんの母親・透子より2歳上で、長い髪を引っ詰めて、着物の上に割烹着を着ていた。他者と馴れ合うことはせず、俺の母も例外ではなかった。俺が遠くから兄を見ていると、彼女の射抜くような目と合ってしまい、何度も気まずい思いをしたものだった。

「菖蒲さんは、兄さんが実家を出てすぐに、うちを出て行ったよ。彼女はあくまで兄さんに仕えていた人間で、居場所がなくなったんだろう」
俺が考え無しに言ったひとことに、兄さんは眉を顰めた。

「俺が……出ていったから、菖蒲さんは仕事を失ったのか?誰も彼女を引き留めなかったのか?」
菖蒲さんは兄さんにも厳しく接していたので、兄が菖蒲さんのことを気にかけていることが意外だった。

「兄さん、菖蒲さんは自分から申し出て辞めたんだよ。再就職先もきちんと見つけて」

「追い出されたわけではないんだな?」
兄の問いに、俺は頷いた。

「菖蒲さんは、終始潔くて、何ていうか……サムライみたいだった」
女性を形容する言葉ではないのかもしれないが、彼女を表現するにはそれが適していた。

「ああ、そうだ。菖蒲さんは、そういう人だった」
兄さんは、懐かしそうに微笑んだ。

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