グラニュレーション
このショートショートは、創作大賞2024に応募する予定だったものを供養するために書きました。
最近ギャラリーに雇われた真中龍史は、水彩画家である荷堂愛佳が絵を描くのを見たいとギャラリー裏のアトリエにやって来た。
愛佳は筆洗の中の水を筆でかき混ぜる。
「真中さん、『グラニュレーション』って知ってますか?」
愛佳はパレットに絵具を充填していく。
「分離色のこと?」
真中の答えに、愛佳は縦に首を振った。
「最近、性別は男女の二つじゃなくて、グラデーションだって言うじゃないですか。でも、私は分離色だと思っているんです」
愛佳はパレットに出した絵具に水を多めに差した。
「なぜそう思うの?」
真中は愛佳を真っ直ぐに見つめた。
愛佳は水彩紙に水で溶いた絵具を、さあっと塗り広げた。
「本当にグラデーションだったら、カミングアウトした人たちは、なぜ変わり者のように扱われるのでしょうか。本人はそのままの自分を肯定してほしいのに……」
塗り広げられた絵具は、じわりと分離していく。
「そうだね。僕は男性と付き合っていた後、女性とも付き合った。でも、過去に男性と付き合っていたことが女性の耳に入った途端、侮蔑の言葉を浴びせられて別れたよ。僕は変質者じゃない。好きになる対象が、性別を問わないだけなんだ」
真中の中性的な顔立ちが憂いを帯びる。
「私は恋が出来ないんです。大学生の時、友達に『彼氏がいないのはおかしい』って言われて、同じ大学の男子と付き合ったのですが、いざ『そういう行為』になった時、気分が悪くなって、吐いてしまったんです。もちろん、その人には振られました。私はそれ以来、誰とも付き合っていません」
愛佳は、筆洗に絵具の着いた筆を浸した。絵具が透明な水に広がりまだらに混ざっていく。
「僕も、それ以来誰かと付き合うことが怖くなって、知っている人のいないこの街に逃げてきたんだ」
「そうだったんですね。私もあまり人と関わらない『絵描き』になりました。それでも、最近親に『結婚はまだか』と催促されていて、心苦しくなります。親にとっては、私は普通の娘ですから」
愛佳と真中、お互いにマイノリティーの事情を抱えていたのだ。
愛佳は筆を手から離し、決意を固めた顔で真中を見た。
「──あの、もし真中さんが良ければ、表向き恋人ということにしませんか?真中さんが、本当に好きな人が出来るまでの間で構わないので。」
「偽装恋人ってこと?愛佳さんはそれで良いの?」
真中は目を丸くした。
「恋人がいると知らせれば、親も少しは安心すると思うんです」
「そういうことか。でも、もしかしたら僕は君に恋をするかもしれない。その時は……」
「お別れです。私には、真中さんの想いには応えることは出来ないので」
真中はしばらく考え、答えを出した。
「お付き合い、宜しくお願いします」
【完】
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