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【コラボ小説「陸で休む」番外編】花を手向ける人

これは、「陸で休む」主人公の航さんの息子である航平さんが、母親のお墓参りで【ある人】と出会うお話です。


春の彼岸。僕は1人で、千葉にある菩提寺まで母の墓参りに行った。妻と小学生の息子2人は、妻の実家の方のお墓参りに行っていた。

ブリキのバケツに水を汲んでいると、小鳥の声が聴こえてきた。声がした方を見上げると、桜が咲き始めていた。

「桜か……」

中学3年の時、僕は父の転職の為に大阪から東京に引っ越した。僕は東京の高校を受験することになり、慣れない環境で受験勉強し、桜を咲かすことができた。受験合格したことを、双極性障害の症状が落ち着いていた母は、とても喜んでくれた。転職して忙しい中、夜食を作ってくれていた父も「良く頑張った」と褒めてくれた。あの時のことは、今でもよく覚えている。僕の知らないところで、桜が咲いたことを喜んでくれた女性の存在を父から1年前に知らされ、その女性と父は近々籍を入れることになっている。

水の入ったバケツに柄杓を入れ、母の眠るお墓に行くと、母の墓の前に花束を持った着物姿の白髪の男性が立っていた。母の知り合いだろうか。

「あの……」
僕が話し掛けると、その男性が「実咲」と声を発した。父と瓜二つの顔の僕を見て、彼は確かに母の名前を呼んだのだ。

「実咲……さんの息子だね?目元が似ている」
男性は僕にある僅かな母の面影に、愛おしむように微笑みかけた。

「母と親しかったんですか?」
僕は得体の知れない男性に身構えていた。

「彼女とは、大学の同窓でね。彼女が亡くなったと人づてに聞いて、手を合わせに来たんだよ」

母が亡くなったことは、大学時代の親しくしていた数人に報せていた。その中の誰かから聞いたのだろう。

男性はお墓から花立を外し、古い水を捨てた。花立をお墓に戻し、新しい水を柄杓で入れると、持っていた花を生け始めた。

「君のものも一緒に生けてあげる。私はこう見えても、華道の師範なんだ」

僕が持ってきた仏花を受け取ると、鋏で適度な長さに切り、花立に生けた。師範というだけあって、何の変哲もない仏花が、バランス良く生けられていた。

男性は線香をあげ、母の墓前に手を合わせた。その表情はどこか悔いているように見えた。

「母の墓前に手を合わせていただいて、ありがとうございました」
僕は丁寧に頭を下げ、お礼を言った。

「こちらこそ、得体の知れない男を追い返さないでくれてありがとう。実は、君のお母さんに一方的に酷いことを言って喧嘩別れしてしまって……ずっと謝りたかったんだ。今日、それがようやく叶った」

男性が去った後、僕はしばらく母の墓前で立ち尽くしていた。母は一時期、父以外の人に熱を上げていた。彼の正体、それはおそらく──

【完】

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さくらゆき
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