声がきこえる【コラボショートショート】
航さんが亡き妻・実咲さんの一周忌法要の為東京に行っている間、私は一人小山のアパートに残っていた。
まだ正式に海宝家の籍に入ってはいないというのもあるが、まだ彼女と向き合う勇気が持てずにいた。
私は法要に参列する代わりに、檜の精油をアロマディフューザーで焚いた。
檜は、愛猫ネロリや病で亡くなった恋人の葉山圭介さんを偲ぶ香りでもある。
航さんと離れている間に出会った彼らは、私にとってかけがえのない存在だ。忘れられないし、忘れたくはない。
同じように、航さんも実咲さんを忘れることはないし、私も忘れてほしいとは思わない。
『相変わらず澪は強情だな』
猫の声とともに、聞こえてきたのは圭介さんの声だった。
それは、彼らの声を借りた自分の声なのかもしれない。
それでも、懐かしい声を聞けて嬉しかった。
航さんが帰宅すると、私は玄関で彼を抱き締めた。喪服に染み付いた線香の匂いが鼻についた。
「法事、どうでしたか?」
私が尋ねると、航さんはそっと私の体を離し、笑顔を作った。
「……滞りなく済みましたよ。ああ、僕、お線香の匂いがきついですよね。シャワーを浴びてきます。法事の後、息子がたこ焼きを焼いてくれたので、後で食べましょう」
航さんは手に提げていた、たこ焼きの入った紙袋を私に手渡した。
航さんは隠し事をする時、笑顔で壁を作る。
私は航さんに距離を置かれたことが悲しかったが、「航さんがシャワー浴びたらすぐいただけるように、黒豆茶を淹れておきますね」と笑顔を浮かべた。
航さんがシャワーを浴びた後、彼の息子の航平さんが焼いてくれたたこ焼きを一緒に食べた。
「このたこ焼き、冷めていてもすごく美味しいです!」
ふと、圭介さんがたこ焼きが好きだったことを思い出した。彼にもこのたこ焼きを食べさせてあげたかった。
「そうでしょう。たこ焼きだけは、僕より息子の方が上手に焼けるんですよ」
航さんは誇らしげに息子のたこ焼きを自慢した。
「航さん、息子さんと張り合うなんて、負けず嫌いですね!」
私はケラケラと笑った。
航さんは私のために隠し事をしたに違いない。疑心暗鬼になって、この愛しい時間を台無しにしたくはない。
『そうだ。彼とは幸せな時を生きるんだ』
圭介さんがそう囁いた気がした。
【完】
澪標本編です。
ネロリと圭介さん登場するお話です。