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【まとめ用】紫陽花の季節、君はいない 45〜55話

「痛っ!何すんだよ!」
 俺はデコピンを食らった理由が分からなかった。
「夏越のど阿呆!こういう物は、本人に直に渡すものだろうがっ!」
 柊司が珍しく激昂している。だけど俺だって言い分がある。

「あおいさんはお前の嫁だろ?ダンナであるお前が受け取るのが筋だろ!」
「ハァ?隣の部屋に住んでるんだし、1分もあれば渡せるだろ」
「そう言うことじゃないだろ。俺だって男なんだから、間違いがあったらどうするんだ」
「何を今更。お前はそういう奴じゃないし、あおいだって俺にベタ惚れだから問題無いだろ」
 普段言い争いなんてしないから、息があがってしまった。

 柊司はフーと息を整えて、
「夏越、あおいはお前に遠慮されるのは嫌なんだよ。俺はあおいにプレゼント渡すぐらいで嫉妬なんてしないし、あおいが喜んだ顔を見るのが俺の幸せなんだよ」
と俺の肩をポンと叩いた。

「柊司くーん、夏越くーん。私の名前が聞こえてきたけど、どうしたの~?」
 あおいさんが玄関から入ってきた。柊司が俺の部屋に入ってきた時に、ドアチェーンをかけ忘れたらしい。

 柊司が俺を肘で小突いて、
「ほら、今だ」
とあおいさんにプレゼントを渡すように促した。
 俺は観念して玄関に向かい、あおいさんに歩み寄った。

「おはよう、夏越くん。玄関開いてたから、入ってきちゃった」
 隣の部屋から自分の名前が聞こえてきたからか、あおいさんは戸惑いを隠すように微笑んでいる。

「おはよう。あ……あの、これ1日遅くなったけど、誕生日おめでとう!」
 俺は小さな包みを両手で勢いよく差し出した。
「……え?」
 あおいさんの反応に、俺は血の気が引いた。もしかして、気持ち悪がられてしまったのだろうか。

 あおいさんは「ありがとう」と言うと、俺の手からプレゼントを受け取った。あおいさんは、ひどく眉間にしわを寄せている。やはりダンナ以外の男からのプレゼントは、気持ち悪かったかもしれないと後悔したが、後の祭りである。

「あおい、開けてみたら?夏越、開けてみていいよな?」
「あぁ、いいよ」
 俺が柊司に返事すると、あおいさんは包装紙が破れないようにプレゼントを開けた。俺はその様子を息を呑んで見ていた。

 包装を解かれたバレッタが、あおいさんの手の中でキラキラ輝いている。あおいさんはそれをじっと凝視した。そんなに気分を害してしまったなら、あおいさんに謝らないといけない。そう思った時だった。

「──柊司くん、私……もうダメ!」
 あおいさんはそう言うと、ボタボタ涙を落とした。
「そうかそうか。そんなに嬉しかったか!」
 柊司があおいさんの肩を優しく抱き寄せた。

 俺はあおいさんが泣くのを呆然と見ていた。
「ごめんなさい、夏越くん。すぐに泣き止むから」
 あおいさんは、マタニティウェアのワンピースのポケットからハンドタオルを出して涙を拭った。

 玄関で妊婦を立ちっぱなしにしてしまってることに気づいた俺は、柊司と一緒にあおいさんをキッチンに連れて行き、椅子に座らせた。俺の家にはカフェインレスの温かい飲み物はないので、白湯を入れてあおいさんに渡した。
「夏越くん、ありがとう」
 あおいさんは白湯にゆっくり口をつけた。

「あおいさん険しい顔をしてたから、俺……気持ち悪がられていると思った」
「違うの。すごく嬉しくて、涙を堪えていたの。だって夏越くんから誕生日を祝ってもらえるなんて思わなかったんだもの」
 そう言って、あおいさんはまた泣きそうになった。

「夏越、あおいはお前に嫌われたのかと思ってたんだって」
「えっ?」
 柊司の思わぬ言葉に俺は驚きを隠せなかった。

「あおいさんを俺が嫌う?何でだ?」
 はじめの頃は女の人というだけで苦手意識はあった。だけど、いつもあおいさんは親切にしてくれているのに、俺が嫌う理由なんかない。

「あの日……私が無理にお腹を触らせたりしたから、夏越くん不愉快になったんでしょう?あれから夏越くん、柊司くんや私を避けるようになったから……。本当は、夏越くんの誕生日プレゼントも受け取ってもらえないかもって不安だったの」
 あおいさんは苦笑した後、俯いてしまった。

 俺はこないだの誕生日のあおいさんの様子を思い返した。プレゼントを渡された時、あおいさんはいつもより語気が強かった。あれは俺が不安にさせていたのか。

「あおいさん、ごめん……。決して二人が嫌いになって避けていたんじゃないんだ」
「じゃあ、何で避けるようなことしたんだよ」
 柊司がじぃっと俺を睨んでいる。いくら「言いたくないことは言わなくて良い」といっても、黙って避けるようなことをされたら悲しいに決まっている。

 紫陽が生まれ変わる為に精霊として死ぬことを言ってくれなかった時、俺は「何で言ってくれなかったんだ」って思っただろう?
 紫陽と違って、柊司もあおいさんもまだ俺の前にいる。俺の気持ちを伝えられる。すべてを話す訳にはいかないけれど、聞いてもらいたい。これからの為に──

「柊司……あおいさん……俺が今から話すことは、二人を不快にさせてしまうかもしれない。だけど、聞いて……くれないか?」
 俺は少し声が震えてしまった。
 二人はお互いを見てから、俺の方に向いた。
「おう、話せ。夏越の話なら不愉快だろうが愉快だろうが聞くぞ!」
 柊司の言葉に合わせて、あおいさんが小さく頷いた。

 俺の脳裡に、義母の冷たい眼差しがよぎった。
「そんなこと言ったら、嫌われるわよ」とでも言いたげである。
 でも、それは俺の心が見せている幻だ。

 俺は紫陽の笑顔を思い浮かべた。
『──ナゴシ、微笑って』
 かつての彼女の言葉が俺に勇気をくれる。

「柊司、あおいさん。俺の母親は俺が生まれたせいで死んだんだ。二人と夕飯を食べたあの日の夜、夢の中で言われたんだ。『母親は俺のせいで死んだのに、あおいさんとお腹の子は、無事で済むのか?』って。俺、怖くなったんだ。もしかしたら、俺は疫病神なんじゃないかって」
 俺の話を二人は黙って聞いている。

「だから、俺は二人から離れなくちゃいけないって思った。就活も此処から遠くを受けたんだ。でも、全然上手くいかなくて……情けなくて……ますます二人に合わせる顔がなくなったんだ」
 俺は話していて、自嘲するしかなかった。

「……情けなくなんてないよ」
 あおいさんがぽつりと言った。
「そんな風に自分を責めるような笑い方しないで。夏越くんは疫病神じゃない。私達を思うなら、勝手にいなくなろうとしないで!」
 あおいさんがまた泣き出してしまった。泣きじゃくる彼女の背中を柊司は大きな手でさすった。

「夏越、あおいは人に黙っていなくなられるのが一番嫌なんだよ」
 柊司が俺に訴えかける視線を送った。
 あおいさんの両親は離婚していて、父親とは全く会えていないと聞いたことがある。もしかしたら、父親はあおいさんに黙って出ていったのかもしれない。

「ゴメン、あおいさん。でも、俺が言いたいことには続きがあるんだ。『虫が良すぎる』って、なじってくれて構わない。柊司も聞いてくれな……」
「……分かった」
 柊司はあおいさんの背中をさすり続けながら、頷いた。

「俺は情けなさに耐えきれずに、夏至の日の早朝にふらふらと家を出たんだ。そこで知り合いに会って、話を聞いてもらったんだ。『お前は目の前にいる人間を見ていない。不安と罪悪感から遠ざけようとしてるだけだ。』ってかなり厳しい口調で言われたんだ」
「……夏越にしては、かなり辛辣な知り合いだな」
 柊司がドン引きしている。実はその知り合いは精霊なんだって言ったら、俺はおかしくなってしまったと思われるに違いない。

「辛辣だけど、思い遣りのあるひとだよ。言われた時はショックだったけど、本当のことだったし」
「……そうか」
「言われたお陰で、お前らときちんと向き合おうと思ったし、就活もだんだん手応えを感じるようになってきた」
 俺は自分の胸に手を当てた。いつも一緒にいてくれる人間でも、真剣な気持ちを伝えるのは緊張する。
『大丈夫だよ』
 心の中の紫陽が、俺を励まし続けている。

「柊司!あおいさん!俺、お前たちとずっと一緒にいたいんだ!離れようとしていたくせに勝手だって思うかもしれない。だけど……本当の願いは、これだったんだっ!!」

 勇気をふりしぼって、俺はようやく本音を伝えることができた。しかし柊司もあおいさんもポカーンとしている。恥ずかし過ぎて穴があったら入りたい。

 しばらくして口を開いたのは、柊司だった。
「……夏越。俺の頬を思いっきりつねれ」
「はあ?」
「いいから、ほら」
 柊司が真顔で自分の頬を俺に近づけてくる。
俺は仕方なく柊司の頬をつねった。

「イテテテ!」
「ごめん、柊司!他人の顔なんてつねったことないから、力加減が分からなかった!」
 意外にも柔らかかった頬は、つねったところが赤くなってしまった。

「ゆ……夢じゃないっ!」
 頬を押さえながら、柊司はなぜか嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 柊司がおかしくなってしまったと心配していると、なんとあおいさんも嬉しそうにしているではないか。

「良かったね、柊司くん。私も3……いえ4人で一緒にいられるのが嬉しいわ」
 あおいさんは大きなお腹を撫でた。
「あんなに懐かない猫みたいだった夏越から、一緒にいたいって言ってもらえて……本当夢みたいだ!」
 柊司はそう言うと俺をぎゅうとハグした。
「ムギャー!抱きつくな~!」
 俺はいきなり抱きつかれて驚いた。引き剥がそうとしたら、柊司から「ぐすん」という音が聞こえた。泣いているのを見られたくないのか。

「……ごめんな、柊司。お前も俺を心配してくれていたんだよな。もう勝手にいなくなろうとしないから」
 図体がでかい柊司の背中に腕を回して、俺はポンポンと優しく叩いた。

 あおいさんはふふっと笑った。

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さくらゆき
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