『23時40分:2錠目』
エパナというサプリメントが流行しました。
1錠飲めば、今日あった出来事をなんの欠如もなく頭の中で繰り返すことができるサプリ。
簡単に言うと、今日という夢を見られるということです。
今日を繰り返している最中、前回以降の今日の記憶はなくなります。
つまり、繰り返している間は常に1周目の気持ちでいることができるということです。
このエパナというサプリは、犯してしまった過ちを正すためのものでも、
起こってしまった不慮の事故を未然に防ぐためのものでもありません。
最初にも言ったように、これは夢であってリアルではないのです。
そして毎回、1周目の感覚で過ぎていってしまうので過ちを過ちだと認識した時にはもう遅いのであります。
では、なぜこのエパナが世間で流行っているのか。
それは、楽しかった今日をもう一度体験するためです。
例えば、
そう思い、エパナを飲む人もいれば、
そう思い、エパナを飲む人もいるのです。
そして、
ここにも
エパナを服用しようとしている青年が1人……。
おっと、
その話をする前に、大切なことを伝え忘れていました。
このエパナ、1つだけルールがあるのです。
それは、
「1日1錠まで。」
1度飲んだら、24時間、間隔をあけなくてはならないのです。
その明確な理由については言及されていませんが、ラベルにはデカデカとそのルールが記載されています。
みなさんも、もしエパナを飲むことがあれば、そこだけはお気を付けて。
では、青年の話に戻りましょう。
💊
「はぁ。終わっちゃったかぁ。」
青年は1人、部屋で黄昏ていた。
時刻は23時40分。
青年は目の前のテーブルに置いてある、小さい、透明なチャック付ポリ袋を手に取った。
その中には、白い、楕円のサプリメントが1錠、入っている。
「彼女が言うには、これを飲まなきゃいけないんだったよな。」
青年はその1錠を取り出し、袋をゴミ箱に放り投げる。
「よし、飲むか。」
サプリメントを1錠飲み、青年はその場に倒れ込んだ。
💊
「明日で最後なんて、信じられない。」
青年の鼻の先で、そう彼女は呟いた。
ベッドに横になっている2人は、ウトウトとしながら見つめあっている。
時刻は23時40分
「うん。この時間が、ずっと続けばいいのに。」
「本当に思ってる?」
「もちろん、思ってるよ。でも、君の夢を応援してるのも本当だよ。」
「うん。ありがとう。」
彼女は、嬉しそうな、悲しそうな、申し訳なさそうな目をしている。
「確かに、別れようって言われた時はショックだったし悲しかった。でも、それと同じくらい夢に向かってる君が誇らしかった。」
「うん。ありがとう。」
2人の間には暫く無言の時間が続いたが、2人とも、その時間さえ愛おしく思った。
「ねぇ。」
「ん?」
「あたしのこと好き?」
「うん。」
「本当に?」
「本当だよ。」
「ずっと一緒にいたいって思ってくれてる?」
「なんだよ。急に。」
「どうなの?」
「うん。思ってるよ。」
「そっか。なら、良いね。」
「なにが?」
「ううん。こっちの話。」
「なんだそれ。」
「はぁ〜あ。明日が楽しみなような、そうじゃないような。」
「大丈夫。最後の日なんだし、楽しんだもん勝ちだよ。」
「うん。そうだね。」
「おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
次の日。
2人でいることのできる最後の日。
2人の共通の知り合いが経営しているカフェに行き、
温泉で体を癒した後に、海外へと行ってしまう彼女と、日本食を食べた。
22時30分
別れのとき。
「じゃあ、元気でな。」
「うん。そっちこそ。」
青年は旅立ってしまう彼女の、最後の表情を、その目に焼き付けた。
すると、彼女はぽろぽろと大粒の涙を流しだす。
青年はなんと言って良いか分からなかった。
そして何より、自分の涙をこらえるのでいっぱいいっぱいだった。
彼女は、泣きながら言う。
「ねぇ、私のこと、好き?」
「うん。好きだよ。」
青年のその言葉を聞いて、彼女は意を決したように、鞄から小さい、透明なチャック付ポリ袋を差し出す。
「え、これは?」
袋の中には白い、楕円のサプリメントが入っている。
「エパナっていうサプリメント。」
「え、あの噂の?名前は何となく聞いたことあるけど……。え、どこで手に入れたの。」
「友達に貰って。もし、私のことを思い出したくなったら、家に帰ってすぐにこれを飲んで。」
青年は袋の中にあるエパナを眺め、鞄の中にしまう。
「分かった。」
彼女は青年に、エパナには、大切なルールがある。
と、その内容を伝えた。
2人は、最後の時間を終え、別れた。
青年は家に帰り、さっそく鞄の中から小さい、透明な袋を取り出した。
水を入れ、テーブルの前に座る。
時刻は23時35分
袋の中には、サプリメントが2錠入っている。
「本当に繰り返せるんだろうか。」
袋から1錠だけ取り出し、口に含み、水で流し込む。
「あれ、なんか、ウトウトしてきた。」
視界が狭くなっていく。
急激な眠気に襲われた青年はそのまま、布団に行くこともなく、ゆっくりと目を閉じた。
💊
23時41分
倒れ込んだ青年の元へ、メールが届く。
「2錠目飲めた?」
⚠️この物語はフィクションです。