Forget(for+get)」はどうして「忘れる」なのか?
Forget(for+get)」はどうして「忘れる」なのか?
( 動詞の接頭辞「FORー」について )
by SAKURAnoG
皆さん、こんにちは。今回は、「英語の前置詞その5 For」からのスピンアウト編として
接頭辞としての「for-」を採り上げたいと思います。
突然ですが、「forget」の「for」って、いったい何? どうして「for」と「get」で「忘れる」という意味になるのでしょうか?
このコラムでは1.Forget 2.Forgive 3.Forbid 4.Forbear 5.Forsakeの5つの単語について、語源に迫りその謎を解き明かしていきたいと思います(注1)。
語源(原義)については、「An Etymological Dictionary of the English Language 4th Ed., Walter W. Skeat, Oxford University Press, London 1879-1882, New Edition Revised, Enlarged, and Reset, 1910, Impression of 1968(以下[Skeat])」、「Oxford Dictionary of English Etymology, C. T. Onions, Oxford University Press, Oxford 1966 以下 [Onions]」、「Genius」、「WISDOM」などを参考にしましたが、意味の展開等については、筆者の考えに依ります。
[Genius: ジーニアス英和辞典 第4版 大修館書店 2009 以下同様]
[WISDOM: ウィズダム英和辞典 第4版 三省堂 2003 以下同様]
【Prologue】接頭辞「For-」の意味
接頭辞としての「For-」の意味は多岐に亘りますが、[Skeat]は「for」の原義を「away」 [=out of the way(今いるところから離れてどこか別)の方へ、(自分から)離れて]だったのではないかと言います。次の文は少し長くなりますが、重要なポイントなので、よく覚えておいてください。
[Skeat] は次のように説明します。(引用)「For-, as a prefix to verbs, has usually an intensive force, or preserves something of the sense of from to which it is related」(引用終わり)(動詞の接頭辞としての「For-」は、通常強調の意味をもつ。関連語である「from」のニュアンスを引き継いでいる場合もある。[訳:筆者] ここでの「from」は「away, forth」(自分からはなれて前へ)という意味になります。おもしろいことにこの「for-」は「from」と関連があるといっていますね。つまり、強調もしくは「(自分から)離れて」というのが語義だったようなのです。
そこから「自分の制御の外へ」⇒「あきらめる」という語義をもつようになったのではないかと思われます。
また、「Onions」は「for」の意味を大きく次の3つに分けています。
(1)rejection(~しないこと、拒否), exclusion(含まないこと、除外), prohibition(~しないように禁じる)(2)destruction(破壊)(3)exhaustion(消耗)
日本の英和辞書を見てみましょう。
Genius:①断念forget, forgive ②禁止forbid ③無視forbear など(【FOR】P773)
WISDOM:①あきらめるforgive ②禁ずるforbid(【FOR】P782)
となっています。どちらも、[Onions]の語義(禁止等)などを参考にしていると思われます。
一方で、[Skeat]は、特に「away」以外の語義は挙げていません。
それでは、これから個々の語義・語源を順にみていきましょう。
1.FORGET
Forget:「for」+「get」
語義:のがす
[Onions] : for「~しないこと、拒否」+ get「つかむ」⇒のがす (‘miss or lose one’s hold’) ⇒記憶からあるものをのがす⇒忘れる
Onionsによれば、ここでの「for-」は否定の意味を持つ[上記「for」「~しないこと、拒否」に近い]ということでしょう。「forget」の原義は「のがす」であると言っています。
getの目的語が明示されていませんが、おそらく、[あるものの記憶]といった意味の類でしょう。
【アナザーストーリー】
[Skeat]: for(~から離れて) + get(つかむ)⇒「一度つかんだものが離れていく、手放す」⇒記憶からあるものを手放す⇒忘れる
Skeatは上記1『接頭辞「For-」の意味』で述べたように、「For-」を強調以外は一貫して「away」としています。筆者は、この[Skeat]の「記憶から手放す」というアナザーストーリーの方が、すとんと落ちる気がします。
【もう一つのアナザーストーリー】
日本の辞書を見てみましょう。
[Genius] : [ for断念する get手に入れる ] 「(記憶から)失う⇒忘れる」
[WISDOM] : [ for禁止 getつかむ ] 「(あるものの記憶を)つかむことを禁止する⇒忘れる」
【まとめ】
・[Skeat]:「For」に「(自分から)離れて」の意味があり、「一度つかんだ記憶が離れていく、記憶から手放す」、また
・[Onions] は「(あるものの記憶を)つかむことをしない」「思い出すことをしない」
ということから「忘れる」へと展開していきました。
2.FORGIVE 「for」+「give」
語義:(罪や過ちなどを)ゆるす。
[Skeat]は、語義を次のように定義しています。
[Skeat: = to give away(手放す、譲る)、remit(〈神が〉〈罪〉をゆるす)]
[Skeat]:「for」(離れて、自分の制御の外へ)+「give」(与える)=「手放す、譲る」(give away)⇒「ゆるす」
ここで手放すのは、「怒り」や「恨み」、「罰の念」で、それを「手放す」ことから「ゆるす」につながっていったと思われます。
〈FORGIVE〉
【アナザーストーリー】
[Onions] 語義:容認する(grant), ゆるす(remit), ゆるす(pardon)
[for「拒否/除外」+ give「渡す」(=hand over) ⇒ 与えることをしない/除外する]
Onionsは、上記「forget」同様にこの「for-」について、語義として「rejection(~しないこと、拒否), exclusion(除外), prohibition(禁止)」を挙げており、否定的な意味を持って次の語「give」にかかっているとします。つまり、「与えることをしない、しないように禁ずる」というのがOnionsの解釈になります。
それでは、「何を」与えることを禁止するのでしょうか?
ここで、「forget」の類義語である「pardon」について考察していきましょう。
【PARDON】:
この語は、もともとラテン語から派生した古フランス語から流入したもので
(1)Skeat: [PARDON] =to forgive
[ラテン語perdonare]:「per-」=「すっかり(thoroughly)」+「donare」=「与える(give)」後期ラテン語:「to remit a debt(債務を免除する)」
[Skeat]に従えば「十分に与えること」⇒「(債務など何かを)免除する/ゆるす」という解釈になります。(後述「Genius」の「forgive」語義説明参照)
(2)Onions: [pardon] =remission of punishment for an offense(罪に対する罰を免除する)と免除の対象が「罰」であることを示唆しています。(語の成り立ちについては、[Skeat]と大きく変わりません)
【余談ですが】
この「forgive」という言葉は、用法の遡及が難しいのか、日本の辞書でも自己矛盾というか、自身の説明の中で記載内容が異なっています。
まず、「Genius」ですが【FOR-】の項目で「①断念forgive」の例があがっており、この語の「for-」の概念を「断念」としています。一方、同じ「Genius」が【FORGIVE】の項では、[ ②for(すっかり)give(与える)]となっており、「断念」との整合性がとれていません。基本的に「for」は、語の意味を強調する働きがあり、ここでの「for(すっかり)」は、その流れによるものと思われます。もしかしたら、上記【PARDON】の語義などを参考にしたのかもしれません。
[Onions]の「pardon」の解説には「cf.(参照)FORGIVE」と出ています。但し、これはあくまで(参照)であって、語義の成り立ちが同じだと言っているわけではありません。
「Genius」の意味の展開は「for (すっかり)」+「give(与える)」→免除する→許すとなっています「Genius〈forgive〉P778」。
一方、同じ[Genius]の「【FOR-】:断念forgive」の方は「〈罪を〉許す」につながる語義で、これは「(罰を)与えることを断念する」という解釈ですね。
「WISDOM」では「forgive」は「for(禁止)give(与える)」、接頭辞「For-」の項では「あきらめる forgive」となっているのですが、これだけでは全く説明不足で、これが「ゆるす」につながる過程がわかりません。
「forgive」=「禁止する」+「与えること」であれば、上記で考察したように「forgive punishment (罰を与えることをあきらめる/禁止する)」から「forgive」が「ゆるす」という意味に転嫁し「罪をゆるす」となったというところまで説明しないと、語源を記載する意味はないと筆者は考えます。
【〈FORGIVE〉まとめ】
① Skeat説:怒り、恨みなどを手放す⇒ゆるす
② Onions説:罰を与えることを免除する⇒ゆるす
3.FORBID 「for」+「bid」
語義:(強く)禁じる
[Onions: for(禁止)+ bid(命ずる)]
[Genius: for(するな)と bid(命令する)]
これは、他に解釈の余地がないほど珍しくシンプルですね。
【アナザーストーリー】
[Skeat:「for-(離れて)=「away」⇒「to bid away from(~から離れるように言う、~しないように命令する)」⇒「禁じる」
4.FORBEAR 「for」+「bear」
語義:自制する、控える
[Skeat]:「離れて(for =away from)」+「(ある姿勢に)保つ、維持する(bear=carry)」⇒「離れた状態を維持する(to hold away from)⇒「~を避ける、控える」
[Skeat]は、上記「Forbid」の例と同様、「for-」に「離れて(away from)」の意味を適用しているようです。「bear」を見てみると、「to carry(荷を)運ぶ」が原義になっていますが、その他にも「耐える」などの意味も持っていました。
[Skeat]は、この「bear」の語義については述べていませんが、「耐える(bear)」ことから「離れる/抑制する(away)」⇒「避ける、控える」となった、もしくは「forbear」の語義説明で「hold(支える、維持する)」を使っていることから、(bear=support、hold、keep「~の状態に保つ」)で「forbear=離れた状態を維持する」⇒「~を我慢する、控える」といった解釈をしていると思われます。「forbear」の原義については、いろんな解釈がありますが、筆者はこの [Skeat]の説明が一番しっくりするように思います。
※「bear」については「重い荷を運ぶ」ことから「耐え忍ぶ」、赤ん坊を取り出すことから「産む」などの意味が派生しており、ここから「burden」、「birthday」などの語が派生しました。
【アナザーストーリー】
[Onions:「for(拒否/除外/禁止)+「bear」(運ぶ、耐える)」⇒「(無理に)耐えることをしない⇒控える、慎む」(注2)
語義:「bear with(がまんする), endure the loss of(~がなくても我慢する), abstain from(控える、慎む)」
(注2)[Onions]の解釈に従えば[for]に「拒否/禁止」等の意味があるため、「bear」の意味如何にかかわらず「控える」という語義にたどり着くことができます。しかも現代語でも「bear」は「耐える」という意味を持っていることから、[Onions]も[Skeat]も「bear」の意味をはっきりと説明する必要性を感じなかったのかもしれません。そのため、以下述べる日本の辞書もなかなか理解がむつかしい語義説明になっています。
【アナザーストーリー】
[Genius] では【FOR-】の項目に「③無視forbear」の例が上がっていますが、肝心の「forbear」の項には何の説明もありません。無視したんでしょうか(笑)。
おそらくは「to bear(運ぶ、耐える)+「for-(無視する)」→「控える」ということかと想像します。
[WISDOM]には[for(禁止)+ bear(産む)]とありますが、産児制限のことを言っているのでしょうか? 筆者には今一つよくわかりません。
【まとめ】
[Skeat] :「離れた状態を維持する」⇒「~を避ける、控える」
[Onions] :「(無理に)耐えることをしない」⇒「控える、慎む」
5.FORSAKE
「for」+「sake」
語義:拒否する(refuse)、断念する (give up)
[Onions: for (~をしない、拒否する) + sakan (古サクソン語: quarrel〈口論する〉, accuse〈告訴する〉)「口論、争いをしない/告訴を拒否する」⇒「拒否する」⇒「断念する」
「sake」は、strife(争い)、contention(口論)という語義で、古英語ではlegal suit(訴訟)、charge(非難、告発)という意味もありました。
「口論・争い」から「告訴」に発展するという語義の変化が、さすがに西洋社会ですね。もめごとは裁判で決するという伝統が昔からあったんですね。
【アナザーストーリー】
[Skeat:「for(強調)+sake(争う、戦う)」]
[Skeat]は、語義を「あきらめる(to give up)」,「無視する(neglect)」としているものの、原義は「to contend strongly against(と激しく争う), to oppose(反対する)」としており、「激しく争う」⇒「あきらめる」への展開については、何の説明もありません。どうしてこのようにほとんど正反対の意味になったのでしょうか、面白いですね。
「for」を「強調」ではなく、他の語と同様「離れて」の意だとすると、「forsake」は「争いごとから遠ざかる⇒あきらめる」という解釈が成り立つのですが、筆者の読み違いでなければ[Skeat]はそう言っていません。おそらく「徹底的に争う」が結局「あきらめる」へとつながったという物語は、ありそうな気もしますね。
(※)この「forsake」から、現代語のfor the sake of(~のために、~を目的として)を連想される方も多いと思いますが、意味的には[forsake](断念する)と「for ~’s sake/for the sake of(~の〈目的の〉ために)」は異なりますので、注意が必要です。
[Skeat]は、「for one’s sake(だれそれのために)」について、中英語の出典として、この「sake」の意味を現代語に近い「purpose, cause(目的、理由)」として、かつ「dispute(論争), contention(口論), law-suit(訴訟)の意味もある、と言っています。
なので、[Skeat]によれば、「for one’s sake/ for the sake of (だれそれのために/~のために)」」は「=for the purpose of(~の目的のために)」、あるいはそれから発展した語意といった感じになります。
【まとめ】
[Onions] 口論・争いをしない/拒否する⇒「拒否する」⇒「断念する・やめる」
【余談ですが・・・】
英語の語源を探るにあたっては、英国史の一大転機である1066年のNorman Conquest (ノルマン人によるイングランド征服)によって、フランス語が英語に大量に流入したことが、大きな影響を与えています。〈現代まで残っている語数/当時流入した語数〉で表すと、約7,500/10,000ともいわれています。そのほか、ラテン語(+ギリシャ語)も中世の終わりルネッサンス期の文芸復興による古典の翻訳によって盛んに取り入れられました。こちらも中世から近世初期に流入した10,000語のうち約半分の5,000語程度が今日にまで伝わっていると言われています。 (高校までに習得すべき単語数が約4,000~5,000語であることを考えると、フランス語とラテン語でいかに多くの語が流入してきたかがわかりますね)
これらによって英語本来の語が駆逐され、ほとんどがフランス語またはラテン語語源の言葉に置き換わり、現在では文献的に古英語まで遡れる単語は限られていると言ってもいいでしょう。
本稿で採り上げた5つの単語は、古英語に起源を持つもので、実はこのように動詞に接頭辞を付けて語意を増やしていく技法は古英語(もっと言えば英語を含むゲルマン語族)の特徴で、例えば本稿で採り上げた「(for-) get」を例にとれば、「forget」のほか「beget(得る)」「overget(怠る)」「onget(つかむ)」「underget(理解する)」などがありましたが、現在では「beget」(産む、生む、~の原因となる)と「forget」以外は廃語となってしまいました。
(単語はわかりやすいように現代の単語に置き換えてあります。なので本来の形で言えば、「beget」は「begietan(得る)」が正しい古語の形で、「beget」は現代の綴りになります)
(「英語の歴史」寺澤 盾 中公新書1971 中央公論新社 2008を参考にさせて頂きました)
いかがでしたでしょうか。語源をさかのぼるShort Tripの旅、意味の判定が結構難しいながらも「forgive」が「罪をゆるす」という意味だったり、類語の「pardon」が「すっかり与える」から「ゆるす」に発展したりという、言葉の「心理構造」にちょっとは触れることができたかな、と思います。
筆者は言語学の専門家ではもちろんありませんので、知りうる限りで執筆したつもりですが、文中間違ったことを述べたり勘違いしている箇所もあるかもしれません。ご指摘等いただければ幸いです。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。