見出し画像

英語「利害の与格」について(その2)

            英語「利害の与格」について(その2)
          ( 与格は「~のために(受益)」だけなのか?                                                              by SAKURAnoG
 
皆さん、こんにちは。(その1)では、英語の格についてお話しましたが、今回(その2)では本題の「利害の与格(Dative of Interest)」とそれから派生した「心情の与格(Ethical Dative)」について、語りたいと思います。
 
目次
4.利害の与格とは?
5.「For」が引き継ぐ「利害の与格」
6.害を表す「for」とは?
7.「Ethical Dative」について
 
4.利害の与格とは?
「利害の与格(Dative of Interest)」(注1)とは、
・He baked a cake. という文章に、「誰のために焼いたのか」という語を「与格」(注2)という形で挿入した文:
・He baked her a cake.における「her」が表す「格」の、文中での意味上の役割を名付けたものです(筆者は「関与の与格」と呼びますが、このコラムでは一般的な「利害の与格」という表現で統一したいと思います)。
 
(注1)現代英語に「与格」を認めるCurme(下記注)の立場では利害を表す「for+人(たまに物)」も「利害の与格」と呼びます。
(注2)「与格」というのは、現在では「対格(=目的格)」と同形になり、現代英語では「与格」という格は存在しないというのが、一般的な考え方です。筆者はCurmeに基づき、「与格」を認める立場で項を進めていきます。
 
Curme (下記注)は、「Dative of Interest」という項目のもとに、「This dative denotes the person to whose advantage or disadvantage the action results」(ここで採り上げる与格は、行為が及ぼす利益や不利益を被る相手(人)のことをいいます)(訳:筆者)と言っています。
 
(下記注)CURME ‘SYNTAX’ 12.1.B b Dative of Interest P106 Maruzen Asian Edition 1959, Maruzen Company Limited, Tokyo, Copyright D.C. Heath And Company, Boston 1931、以下「Curme」)
 
例文を同書から引用します。(訳は筆者)
(引用)
(b) It will last the owner a lifetime. (それは〔持ち主にとって〕一生ものだ)
(c) She made her boy a new coat. (彼女は息子に新しいコートを作ってあげた)
(引用終わり、附番は筆者)
 
(b) も (c) も、書き換えで与格部分を「for」で(「前置詞付き与格」として)表わすことができます(まったく等価ではありません)。
(b´) It will last a lifetime for the owner.
(c´) She made a new coat for her boy.
 
ほとんどの辞書が、このような利害の与格の「for」を「利益」(WISDOM)、「受益者」(GENIUS)として挙げています。
これは「利害の与格」の「利」を表わすものなのですが、後述の例のようないわば「害」(不利益)には残念ながら全く触れられていません。「for」は利害の「害」も表現しうるものだということは記載があってもいいような気がします(※)。
(WISDOM:ウィズダム英和辞典 第4版 三省堂 2003年)
(GENIUS:ジーニアス英和辞典 第4版 大修館書店 2006年)
(※実は「on」が「害」の用法の多くを引きついでいるのですが、「for」にも「害」を表す表現が今でも散見されます[⇒後述])
「迷惑のON」は、筆者ブログ「英語の前置詞について(その2 ON)をご覧ください。
 
5.「For」が引き継ぐ「利害の与格」
古英語の「与格」が表す機能の一部がその後、前置詞「for」に引き継がれる中で、「利害の与格」と呼ばれる表現も主に「for」に引き継がれていきました。
上の例でいうと、「a. He baked her(与格)a cake.」を「d. He baked a cake for her.」と書き換える時に出てくるd.「for her」がa.の「her」(与格)の格が持っていた「利害」を表わす性質を受け継いでいるという考え方によるものです。
だから前置詞「for」には「利益/恩恵」だけでなく、「与格」から引き継いだ「害(=against)」を表す表現が存在するのだ、ということに留意が必要です。
 
6.害を表す「for」とは?
「FOR」は「~のために」だけではなく、害(不利益)を表わすことがあります。
d.「He’s setting a trap for you.」(彼は君に罠を仕掛けようとしているよ)
(Curme12ⅠB b P106より )
ここでの「for」は、あきらかに「君のために」ではなく「君を陥れようと」といった「利害」の「害」の意味を含んでいます。「受益のFor」と対をなす表現ですね。
 
また、平沢慎也先生は、その著書「実例が語る前置詞」の中でAdele E. Goldberg(※)からの引用として次の例文を挙げ、
「(21) Sam baked a cake for Chris  (Goldberg 2019: 30) (→pp. 342 15)」
「Goldbergは、(中略)この例文はクリスの顔に投げつけるためにケーキを焼いたという解釈も可能であると述べ」ていると説明されています。
(※Goldberg, Adele E. (2019) “Explain me this: Creativity, competition, and the partial productivity of constructions. Princeton and Oxford: Princeton University Press. ” )
(「平沢慎也「実例が語る前置詞」くろしお出版 2021 pp.199-200)
 
平沢先生の論旨はここでの筆者の論点とは別の観点からのご指摘なのですが、当ブログの視点からすれば、ここでも「for」はChrisにとって「迷惑・害」を表すことがあることがわかります。
 
Curmeは、さらに「for」が表す「不利益」の例として次の例文を挙げています。
(引用)
e. Who digs a pit for others may fall into it himself. (人を陥れようと落とし穴を掘るやつは自分が落ちるだろう)
(引用終わり)
(Curme P106)〔訳:筆者、Who=Whoever〕
この「for」が「人の為に」(利益)を表わすものではないことは、明白でしょう。
約100年も前の英語なので、やや古めかしい感じもするのですが、この「FORが利益だけでなく不利益も表わす」というのは、ぜひ留意しておきたいところです。
 
7.「Ethical Dative」について
―「話者」の心情を表す与格 “Ethical Dative”―
「Ethical Dative (心情の与格・共感を求める与格)」に次のような言い方があります。話者にとって「迷惑」であるというニュアンスを伝える「for」の使い方です:
f. Don’t ruin the plan for me.
(この計画を台無しにしないでくれ)
この「for me」(「前置詞付き与格(Prepositional Dative※)」)は動詞「ruin」との関連というよりも、相手に対する話者の感情を現わしており、「Ethical Dative」という使い方に近いかもしれません。「まったく、せっかくの計画になんてことしてくれるんだ」という感じですね。「Ethical Dative (心情の与格)」というのは、現代ではほとんど失われてしまった用法なのですが、中世のShakespeareなどにはまだ残っていたようです。
※Curmeは、与格の機能を引き継いだ「For + 名詞」についても「与格」という格を認め、「For + 名詞」を古英語の「与格」と同等の機能を持つとして「Prepositional Dative(前置詞付き与格)」(訳は筆者)と呼んでいます。
 
α.「Ethical Dative (心情の与格)」はβ.「Dative of Interest (「利害の与格」」と混同されがちで、確かに判別が難しい例もあるのですが、基本的には別物です。α.「Ethical Dative」とβ.「Dative of Interest)」との違いは、
αは「話者」の聞き手・読み手に対する心的態度を表し、与格を取る対象が「人」(me かyouがほとんど)であるのに対し、βは「主語の行為など」が与格に及ぼす「利害」を表し、与格に物も取りうること、
またα(心情の与格)は、その与格とは直接関係のない文章に突然登場して、話者から聞き手(又は読み手)に対してある種の感情を伝達するのに対して、β(利害の与格)は与格が意味的に常にその文の動詞に支配されること(「~のために」ケーキを焼く)等です。
文中に出てくるこの「Ethical Dative」は、ほとんど訳せません(笑)。せいぜい「ほら」とか「ね」とか、話者がその行為に込めた感情を表わすものです。与格となる「me」は命令文とともに使われることが多く、上記f.などは「Ethical Dative」の生き残りなのではないかと思っています。
 
ここで、山川喜久雄名誉教授の論文からShakespeareに出てくる「Ethical Dative」の例を孫引用させていただきます[16世紀の英語なので、現代の英語とスペルが少し違います。[ミスタイプではありません(笑)]。
(引用)
「Petr. Villaine I say, knock me heere soundly.
Gru. Knocke you heere sir? Why sir, what am I sir, that I should knocke you heere sir.
Petr. Villaine I say, knocke me at this gate,
And rap me well, or Ile knocke your knaues pate.
ペトル―チオ 『ばか、ここを力いっぱいたたいてくれと言うんだ』
グルーミオ『へ、ご主人をですかい。ご主人のここんとこをたたくなんて、どうしてあっしにできましょう』
ペトル―チオ『ばか、さあ、この門をたたいてくれ、早くたたかないと、お前の脳天をぶったたいてやるぞ』」
―Tam. Shr. Ⅰii 5-12 【出典筆者注:The Taming of the Shrew〔1593-4〕】
(引用終わり)
(引用元:「”Ethical Dative” ―Shakespeareの用法を中心としてー」 山川喜久雄 一橋大学機関リポジトリHERMES-IR言語文化6 27-53 1969-11-03 ISSN 0435-2947 NCID AN00077716 https://doi.org/10.15057/9157
 
これは、原文ならではの面白さで、笑えますね。Petr. のセリフ中「knock me heere」の「me」が「Ethical Dative」として、軽く「I want you to knock here」くらいの意味で使われているのに対して、下男のGru.はこの「me」を「knock」の目的語と勘違いして、ご主人をたたくんですかい?と聞き返しているんですね。
このように「Ethical Dative」は「Knock here.」という成立した文に割込んで「Knock me here.」という文を作りますが、意味上はどちらも「Knock here.」であることに変わりなく、「me」は話し手が聞き手の関心をひくために付け加えられたものです。
Curmeは現代語的に言うならとして、「,I tell you」「I want you to ・・・」と言えるだろう(Curme 12.2 P108)と言っています。上記山川名誉教授も同論文の中で、「Ethical dative に相当するものとして」、「, you know」「, I’ll say」「I tell you,」をあげておられます。
 
また、WISDOMには「Ethical Dative」という言葉はないものの、その例が【FOR】の成句の欄に載っています
(引用):thàt’s〔thère’s〕A for yóu! ⦅話・皮肉で⦆!for you は相手の注意をひくためのもので、youに無関係なことにも用いる)(1)あなたAとはそんなものだ〔Aはお決まりのことだ(だから仕方がない)、Aはその程度だろう〕
His train was delayed over an hour. That’s the railways for you. 彼の電車は1時間以上遅れていたんだ。電車はいつもそうさ。
(引用終わり)
〔WISDOM【FOR】成句 PP781-782〕
「Prepositional Dative(前置詞付き与格)」を採る立場からすると、この「for you」は立派な「Ethical Dative」ではないかと思うのですが、どうでしょうか?
 
次回は、最終回「Of」について語ります。なぜ最終回に「Of」を持ってきたかというと、最も難解で説明に窮するため最後にならざるを得なかった(笑)というのが実情かもしれません。そんな難解な「Of」とスピンアウト編「なぜ[rob A of B]はAとBが逆さまなのか」に、乞うご期待!
 
 
 
 

いいなと思ったら応援しよう!