【小説】 深淵に咲く花の名は [第五話]
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第五話:蕾の試練
月日は流れ、あの河童王との激闘から一週間が経過した。
深淵の迷宮、壱界「初心者の竹林」は、今や『百花繚乱』の活躍の舞台と化している。
今日も河童たちの悲鳴と、三人の少女たちの元気な声が響いていた。
「かぱぁッ!?」
「まーた落とし穴に引っかかりやがったぜー?げはははー!」
「「頼むから女の子らしく笑おう!?」」
「ちぇりゃあああああ!」
「かっぱっぱー!」
「「その断末魔に慣れない!」」
サクラ、カエデ、ツバキの三人組は、この一週間、ひたすら河童退治に明け暮れていた。
その腕前は日に日に上がり、今や他の求道者たちから「河童殿」とか「河童さん」や「河童繚乱」と呼ばれるほど有名になっていた。
そして三人が竹林を進んでいると、突然他の求道者の怒声が聞こえてきた。
「くそっ!また落とし穴か!誰だよ、こんなもの作りやがって!」
サクラは一瞬固まったが、すぐに知らん顔をして歩き続けた。
カエデとツバキは不安そうに顔を見合わせた。
「ね、ねえ、サクラ...」
カエデが小声で言った。
「な、何かなカエデちゃん?」
サクラは大量の汗を拭きながら強張った笑顔で答えた。
「な、なんでもない...」
カエデの尻尾が下がった。
ツバキはため息をつきながらも、黙って二人についていった。
この壱界には至る所にサクラの落とし穴が点在している。
竹林の中、小川のほとり、果ては岩場にまで、様々な場所に巧妙に仕掛けられていた。
…
三人は本日最後の河童を倒し終えると、大きく息をついた。
「ふぅ〜っ!今日も良い汗かいたわね!河童と。」
サクラが額の汗を拭いながら言った。
「うん!私たち、随分強くなったよね!河童にだけ。」
カエデが嬉しそうに答える。
ツバキは腕を組んで冷静に分析する。
「確かに我らの成長は著しい。河童のおかげで。」
ツバキは道具袋を覗き込んで言った。
「そして、河童のお皿も随分集まったな。」
サクラは目を輝かせた。
「そうよ!これで憧れの天麩羅が食べられるわ!」
カエデが首をかしげる。
「全部でいくらくらいになるのかな?」
ツバキが説明を加える。
「うーん。そうだな。三人の天麩羅代にはなってると思うぞ。」
「さあ天麩羅よ!天麩羅よー!天麩羅ぁあああああ!」(ワサワサワサ)
サクラが大興奮して自我を失い、白目を剥いて髪を掻き毟っている。
カエデも目を輝かせる。
「楽しみ!天麩羅♪初めてだよ!サクラが何かをキメたみたいだけど、まぁいいか。」
ツバキはため息まじりに言った。
「ふん...愚かなる同胞よ。されど、我もまた禁断の美食に魂を震わせずにはいられぬ...」
サクラが耳に手を当てツバキに詰め寄る。
「はい?なんですかー?ツバキさん!」
ツバキが左目を抑えながら恥ずかしそうに答えた。
「う!嬉しいの!」
カエデが二人のやりとりに笑う。
「あははw」
三人は喜び勇んで迷宮を後にし、大宮の町へと向かった。スキップで。
町の市場は活気に満ち、香辛料の香りが漂い、遠くから音楽が聞こえてくる。
「お!サクラ!今日の林檎は特別に甘いぞ」
果物屋の親父が声をかけた。
サクラは笑顔で応じる。
「おっちゃんありがとう!でも今日はさ?ふふふ!天麩羅を食べに行くのよー!て・ん・ぷ・ら♪」
「あら、カエデちゃん!たまには魚も食べなさいよ」
魚屋の女将が声をかけてきた。
カエデが答える。
「はぁーい、わかったよー!」
本屋の店主がツバキに声をかけた。
「ツバキちゃん、新しい妖術の本が入ったよ。後で見に来てくれ」
ツバキが左目を押さえながら、低い声で答える。
「ふふ...我が魔眼が疼く...その妖術書、必ずや拝読に参上しよう」
こうして、街中の人々に声をかけられながら、三人は歩みを進めていった。
「なんか街がいつもと違って見えるよー!」
カエデは目を丸くして周りを見回した。
「そうね。今なら誰にでも優しくできそうだよねー!」
サクラはご機嫌だ。
しかし、ツバキだけは冷静に振る舞おうとしている。
「ま、まずはこの河童のお皿を売ろう。いつもの源さんのお店に行こう!はやく!」
ツバキは道具袋を警戒しながら抱きしめている。
三人は源さんの店に到着し、皿の買取を依頼した。
「いつも泣いてたお前らがこんなに皿を持ってくるなんてなぁ...働いてるんだなぁ...生きてて良かったよ。」
源さんは三人を見ると泣き始めた。
「はいよ!ちょっとオマケしといたぞ!」
源さんは嬉しそうに五万玉を三人に渡した。
サクラは手に入れたお金を見て、さらに目を輝かせた。
「ご、ごごごごご五万!?こ、こんな大金見たことないけど...」
「よ!よよよよよし!天麩羅屋に行こう!」
サクラは声を震わせてギクシャクしながら振り返った。
「「う、うんうんうんうんうん!」」
カエデもツバキも震えながら何度も頷いていた。
「お前ら!また来いよー」
源さんが見送ってくれた。
三人は町で一番の人気を誇る天麩羅屋『天ぷら・天心』に向かって歩き始めた。
カエデは跳ねるように歩きながら言った。
「楽しみだな〜。天麩羅って〜どんな〜味なの〜かな〜?」
ツバキも珍しく笑顔を見せていた。
「ああ、楽しみだなー!」
サクラは両手を広げて叫んだ。
「私ね、全種類注文しちゃうわよ!オクラ以外!」
三人は笑い合いながら、天麩羅屋に近づいていった。
しかし、その時だった。
「おーい!『百花繚乱』の者たちか?」
「「「…はい?」」」
振り返ると、そこには求道者の社の使者が立っていた。
三人は不安げに顔を見合わせる。
使者は厳しい表情で口を開く。
「壱界での落とし穴による被害が寄せられている。」
「「「…はい?」」」
三人はキョトンとしている。
使者は続ける。
「『落とし穴に落ちて怪我をした、大切な装備を失った、心の傷を負った...河童が可哀想...』などなどだ。」
「「「…えぇ?」」」
三人の顔から笑顔が消えた。
使者はさらに続ける。
「これらはお前たちに責任があると判断された。被害の補償として、100万玉の罰金を科すことになった」
その言葉は、まるで雷鳴のように三人の耳に響いた。
「「「100万玉!?」」」
三人は声を揃えて叫んだ。
周りにいた人々が、彼女たちの方を振り返った。
カエデが震える声で言う。
「そ、そんなお金、私たち持ってないよ...」
ツバキは冷静を装おうとしたが、声が僅かに震えていた。
「し、ししし借金を...するしかないのか...?」
サクラは唇を噛んでその場に膝を落とした。
「な、なんで...」
彼女の目には怒りと戸惑いが交錯していた。
「「お前が落とし穴を掘りすぎたんだよ!」」
カエデとツバキには心当たりがしかなかった。
そう言い残すと、使者は立ち去った。
「一週間以内に社まで来るように。支払いの手続きをする」
…
三人の周りに、重い沈黙が降りていた。
さっきまでの喜びは影も形もなく、代わりに深い絶望が彼女たちを包み込んだ。
サクラは虚ろな目で前を見つめたまま、呟いた。
「100万玉...どうすれば...」
カエデは涙ぐみながら言った。
「私たち...これからどうなっちゃうの...?」
ツバキは深いため息をつき、肩を落とした。
「簡単には返せない額だ...な...」
三人は互いの顔を見合わせた。
その目には深い不安と戸惑いが浮かんでいた。
今まで輝いていた彼女たちの未来が、一瞬にして闇に包まれたのだ。
しかしサクラは折れなかった。
「100万?やってやるわよ!明日から迷宮に籠るわよ!次の界に行こう。」
サクラの言葉に、カエデとツバキは驚いた表情を浮かべた。
カエデが小さな声で尋ねる。
「で、でも...100万玉だよ?そんな大金...迷宮で?」
ツバキも眉をひそめながら言った。
「次の界か...危険も増すぞ」
しかし、サクラの目には決意の炎が燃えていた。
「だからこそよ!リスクが高いってことは、リターンも大きいってことでしょ?」
サクラの言葉に、カエデの目が少しずつ輝きを取り戻し始めた。
「そ、そうだね。私たち、ここまで頑張ってきたんだもの...」
ツバキもゆっくりと顔を上げ、冷静さを取り戻しつつあった。
「確かに...今までの経験を活かせば、次の界でも戦えるかもしれない」
サクラは両手を広げ、力強く言った。
「そうよ!私たちは『天麩羅三重奏』なんだから。どんな困難だって、三人で乗り越えられるはず!」
カエデは涙を拭いながら、小さく頷いた。
「うん...私も、もう一度頑張ってみる!」
ツバキは腕を組み、思案顔で言った。
「よし...なら作戦を立てよう」
三人の表情が、徐々に希望に満ちていく。
「もう誰も天麩羅三重奏にツッコミを入れてくれない...か...。」
サクラは悲しそうな表情をしたが、
「よーし!明日からは寝る間も惜しんで頑張るわよ!」
元気よく拳を突き上げた。
「私も全力で頑張る!」
カエデも元気を取り戻した。
ツバキは小さく微笑んだ。
「ああ...共に戦おう」
三人の少女たちは、再び前を向き始めた。
サクラはニヤリと笑った。
「あ、あとこのまま他の街に逃げるって方法もあると思うのよ。」
「「それはねーよ!」」
サクラはクスリと笑った。
「あ、そうだ!求道者の社にカチコミに行く?私、大八車引っ張るよ?」
「「もっとねーよ!」」
サクラはハッとしてから笑った。
「あっー!さっきの使者を人質にして平和的に交渉する?」
「「その案の中に平和な要素が見当たらねーよ!」」
サクラは思いついたように言った。
「あ!とりあえずさ?効率良く落とし穴を掘りたいから道具揃えよう?」
「「おい!まだ掘るつもりかよ!」」
サクラが説明する。
「いやいや!ちゃんと使ったら埋めれば良いんでしょ?妖怪の亡骸と共にさぁ?」
そしてニヤリと笑う。
カエデが言う。
「まぁちゃんと片付けるなら...良い気がするね」
ツバキがため息を吐いた。
「仕方ないな。源さんの店に行って道具や装備を揃えるか。」
三人は天麩羅屋をあとにした。
少し歩くとサクラは立ち止まると、振り返り天麩羅屋を見つめた。
「うう...天麩羅...」
その目には涙が浮かんでいた。
天麩羅屋の看板の海老天に別れを告げると、涙を拭きながら前を向いた。
「泣いてる場合じゃないよね。うん!待ってろよ!海老天!」
それから前を歩くカエデとツバキに駆け寄り、飛びついた。
「頼りにしてるよ!二人ともー!」
──二人はサクラの怪力で吹っ飛んだ。
(つづく)
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