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「その人の世界」に惹き込まれる
noteに限らずですが、「好きだ……!」と思う文章には、書き手さんの【世界】が広がってるように感じます。
ついつい、一記事読んだら次の記事、そのまた次の記事を、読む、読む、読む……
「その人の世界」に浸るのが、たまらなく心地いい、あるいは、楽しくなるんです。
そういう文章って、中には最初はちょっと抵抗を感じるというか、「な、なんだこの変な文章……」って思うことも少なくなくて。(失礼)
なのに、妙に心に残って離れない。
一記事読んだら、また次が読みたくなる。
画面を閉じてしまっても、「……あの人の記事どこにあったっけ…………」とピンポイントで探しちゃう。
「その人の世界」に惹き込まれてる。
たぶん【個性】とか【クセ】って呼ばれるもの
これが多分、個性とかクセと呼ばれるものなんだろうなと思います。
ありきたりなこと言ってる気もしますけど、なんかね、ストンと腑に落ちたんですよ。
その人にしか書けない文章
その人にしか纏えない空気
その人にしか創造できない世界
ほかでは見られない上に熟れていて、肩の力も程よく抜けていて……
たまらなくね、魅力に感じるんです。
文章の先にあるもの
文章さえ面白くて、文体だけが独特なら人を惹き込めるかというと、これも多分そんなことはない。
魅力的な世界を持っている人は、文章の先に……なんというか、本物?を持っているように感じます。
信念とか、誇りとか……
もっとラフに、大事にしているもの、とか。
素直な心、とか。
内面から滲み出るもの、とか。
積み上げてきたものとか。
文章は表面の「外殻」に過ぎなくて、その内側に広がる「核」となっている部分が、人を惹きつけるんだと思います。
わたしには憧れの人がいるんですが、前にその人の文体に寄せて書いてみたことがあるんです。
けど、もう全然、違うんですよね…………。
月とすっぽんてこういうのを言うんだろうな、みたいな。
わたしがガワだけ似せて書いたのは、なんかもう軽〜くて、アイタタタタ……みたいな、恥ずかしくてとても見れないような仕上がりになるんです。
その人の書く文章は楽しくて心が温まるのに、わたしのは薄っぺら〜いんですよ。
文章ひとつ取っても、その人の魅力の本質の部分をわたしは持っていなかったので、そんなことになったのだろうと考察しています。
どうやったら個性の芽を育てられるのか
きっと誰しも、如何様にも育つ個性の「種」は持っているのでしょうね。
それがどう育つかは、種が生来持っていたものと、環境や、与えたもの、与えなかったもの次第かな。
たくさんの文章に触れる
好きな文章をマネてみる
憧れの人の文章をマネてみる
とにかく思うまま書いてみる
多くのことを感じてみる…………
わたしの種は、土の中で少しだけ芽を伸ばし始めたように感じます。
これが、小さくても【世界】を作り上げられたら、素敵でしょうね………。
…………眠たい夜にガッと書いたせいか、今回はちょっと恥ずかし系になってしまいました。笑
けどまあこれも、わたしの「クセ」になっていくのかもしれない。
ならないかもしれない。笑
おやすみなさい。