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P.8|「網走のカラス」のこと

2016年の夏頃、気になるニュースが目にとまりました。アラスカからロシアに向かって弓形に延びるアリューシャン列島の小さな島に打ち上げられた鯨が、新種らしいとわかったこと、そしてこの鯨が、日本の北海道・網走の漁師たちの間で「カラス」と呼ばれ、昔から知られていた存在だったということでした。
(2019年、このクジラは「クロツチクジラ」として発表されました|プレスリリース 国立科学博物館/北海道大学

カラスと呼ばれるその鯨は、どんな風景のなかにいるのだろうと、気になってしょうがなくなりました。網走を訪れ、街の人に話を聞いて歩きました。ある乾物屋のおかみさんは、鯨をよく食べていたけれど、そんな名前の鯨は聞いたことがない、と言いました。 

カラスと呼ばれる鯨のことを知っている人は、なかなか見つかりませんでした。そのうち、こんな考えが浮かびました。同じ土地に暮らし、同じ風景のなかにいても、カラスと呼ばれる鯨を知っている人と知らない人がいる。カラスと呼ばれる鯨は実在するものであるけれど、鯨をよく知る誰かの視点を借りて世界を見た時にのみ、現れるのかもしれない、と。 

しばらくして、その鯨を知っている、という方に話を聞くことができました。「ずる賢い鯨なんだ」、と愉快そうに話してくれました。 網走でとられているツチクジラによく似ているけれど、ツチクジラよりも小ぶりで黒っぽく、海面に姿を現してもすぐまた潜ってしまう。そしてそのまま、しばらく出てこない。捕ろうと思ってもとれない。特徴は尖った形のくちばしで、潮を吹く噴気孔には線が入っている。それがカラスと呼ばれる鯨。 捕鯨にかかわる人たちが、この鯨をカラスと呼んだそうです。

この鯨を見ていた人にとって、捕るには小さすぎ、つかまえにくい〈カラス〉。あたりまえにそこにいる鯨だったのでしょう。

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「網走のカラス」は、リトルプレス 『ありふれたくじら』Vol.4のテーマです。挿絵の原画刺繍をこのたび、網走市にある北海道立北方民族博物館で展示しています。

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「石の知る辺~アメリカ・ニューヨーク州ロングアイランド、先住民シネコックに鯨の物語をたずねて~ 是恒さくら 本・刺繍・写真展」

|会期| 2021年1月5日(火)~1月24日(日)*1月12, 18日は休館
|開館時間| 午前9時30分〜午後4時30分
|会場| 北海道立北方民族博物館 ロビー
〒093-0042
北海道網走市字潮見309-1
電話 0152-45-3888/FAX 0152-45-3889
|主催| 北海道立北方民族博物館、東北大学東北アジア研究センター
|観覧料| 無料

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【関連ニュース】2016.07.28 「アラスカに漂着した謎のクジラ、新種と判明
DNAは既知のクジラと大きな隔たり、北海道でも見つかっていた」
(NATIONAL GEOGRAPHIC)


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