見出し画像

ⅵ. {対談}「海を旅して見る、風景と物語」/鈴木克章・是恒さくら|後編「鯨に出合うとき」

シーカヤックで日本一周した経験をもつ鈴木克章さん。『ありふれたくじら』のVol.5執筆のため、私が宮城県気仙沼市の唐桑半島を初めて訪れる際に、海を旅した経験から唐桑半島のことを教えていただきました。今回発行した『ありふれたくじら』Vol.6をもとに、海や自然の中に身をおくことで見えてくる世界、鯨との出会い、物語が教えてくれることについてお話ししました。(2020年9月12日)

前編はこちら

******

後編|「鯨に出合うとき」

是恒:海で鯨に出合ったことはありますか。

鈴木:シーカヤックは全長5メートルですが、海の上に出たら小舟なんです。なので、素直に怖いです。大きいですから。その怖いという印象を伝えるとしてみたら、例えば動物園に行って、象の檻の前で、いきなり檻が壊れてしまうような状況です。向こうが危害を加えようとしてなくても、あまりにも巨大なので、近づくことによって危険性が出てきてしまう。あの巨大な尾びれで何かされたら死ぬ可能性もある。最初に鯨を見たのは、小笠原の海をカヤックでこいでいるときで、衝撃でした。近寄れなかったです。日本列島を旅していく中でも鯨に出会いました。今もその印象は変わらないです。

是恒:突然、現れるんですか。

鈴木:音が先なんです。呼吸のプシュー、プシューという音で、「あ、どこかにいる」と気づく。シーカヤックで四国旅していたとき、足摺岬の近くの港に上がって、スロープにカヤックを引き上げてテントを張っていたら、定置網にかかった鯨を引き上げているところに遭遇したことがあります。その鯨は解体されていたんですが、驚いたのはその作業の速さです。同じ日本に住む人たちで、こんなに素早く鯨を解体できる人がいるんだな、と思いました。その様子を見ていたら、「食べるか」と聞かれたので、「食べる」と答えると、ノートパソコンくらいの大きさの四角いブロック肉をもらいました。刺身で食べて、それから焼き肉にして。食べ切れなくて、カレーにもしました。その前日にラジオで、女性のアナウンサー「鯨を食べたいですね、鯨が上がったらいいですね」と話していました。そのアナウンサーの方もその鯨を食べることができただろうか、と考えました。そうした鯨を待ち望んでいる人たちもいるんだな、と思いました。
 シーカヤックで北海道を旅したときにも、鯨を見ました。集落から離れた昆布小屋で、年配のご夫妻が昆布の作業をされていました。数日海が荒れていたので、そこに逃げ込んでいました。お二人からしてみたら珍客ですよね。水をもらったり、話し相手になってくださりました。「ここら辺はよく鯨があがる」という話をされていました。そうした鯨を食べたのかな、と興味を持ちました。海から食べ物がやって来るなんてすごく幸福な話ですよね。現在はそうして打ち上がる鯨を勝手に食べることはできないそうですが、みんなが集まって肉を持って行ったこともあったそうです。その話を聞いて、さすが北海道だなと思いました。時化と濃霧が去ってから、海に出ました。鯨の話を聞いていたので打ち上がっていないかなと、浜を見ながら、その日は一日シーカヤックを漕いでいました。そしたら、本当に打ち上がった鯨を発見しました。その鯨の近くに上陸したんです。見ると、既に誰かが切り取った跡がありました。
 日本列島一周の海旅というのは、正確に言うと海岸線の旅なんです。水平線に向かってひたすら舟を漕いでいくという旅ではなく、海岸線を巡っていく旅です。ある海岸線の崖を熊が歩いていたことがありました。シーカヤックの上から熊を眺めていたら、偶然なんですが、後ろのほうから鯨の呼吸音が聞こえました。プシュー、プシューと、間隔を空けて。

是恒:すごいですね。

鈴木:それで、近づいて来るんです。目の前には熊を見つつ、鯨がだんだん近寄って来る。あるとき熊もその音に気付いたんでしょうね。呼吸音は結構大きな音なので。そのとき、熊が海のほうを見ました。僕を見ているのか、鯨を見ているのか。不思議な感覚でした。そこには、熊と自分と鯨しかいなかった。そんなのも、旅の中では印象深かったです。

是恒:北海道の沿岸部だと、野生の熊が浜に打ち上がった鯨を食べることもあるようですね。

鈴木:そうですね。アザラシなんかもよく打ち上がっています。特に、海が荒れた後に打ち上がります。それをいろんな動物が食べに来るんですね。そういうところを、ちょっと離れて観察していました。

是恒:そうした場面を目にすると、自分だけではない、他の生き物が過ごしてきた時間がそこにあることを感じますね。私は鯨の解体を見学したときに、肉というものへのイメージが変わりました。例えば牛も大きな動物だけど、鯨ほど大きなブロック肉の塊は取れない。骨とか筋とか、余計なものを取っていくと、小さな塊になってしまいますね。そのスケールの違いを知って、一頭の鯨とは、とてつもない豊かさを持っているのだと感じました。

鈴木:ある程度大きなコミュニティーでも、みんなで分かち合って食べることができるというのは、特別なことだと思うんです。僕は、昔の人たちのほうがおいしいものを食べていたと思うんです。貝を採るにしても、カニを獲るにしてもその生き物がおいしい時期を選ぶ。いつもおいしいものを食べることができるのが、多様な生物がいる汽水域なんですね。是恒さんは、なぜ鯨を追いかけているんですか。

是恒:以前、アラスカの大学にいた頃に、鯨猟を行なっている先住民イヌピアットの人たちに出会いました。イヌピアットの人たちには、鯨を食べる日本人に親近感を抱いている人がいるんですね。育った文化も言葉も違うのに、同じ生き物を食べるということで身近に感じる、ということが印象に残りました。鯨は捕鯨問題のように、諍いの元にもなってしまいますが、世界を見渡すと、異なる土地に住んでいる人たちの元に鯨が訪れている。鯨を通して、海を介して結び付いている人と人の物語があるんじゃないかなと考え始めたところから、鯨についての物語を聞き集めていこうと思いました。そうすることで、自分が知っている視点とは違うかたちで世界が結び付いていくんじゃないかな、と思ったんです。
 宮城県の唐桑半島に行った後に、ニューヨーク州のロングアイランドに行ったことですごく印象的だったのは、どちらの土地でも海を生活の場としてきた人たちがいて、海に棲む竜のような存在が想像されてきたということです。唐桑では鯨が神様の使いとされ、ロングアイランドの先住民にとっても鯨が大切な存在だった。この二つの土地の人たちは、お互いに伝え合って似た物語を共有していたんじゃなく、どこか似た物語がそれぞれの海辺で芽生えてきていたということだと思うんです。そうした鯨を糸口にした見方がおもしろいな、と思っています。

鈴木:それをつないでいくのが、海なんですね。海の中を移動する大きな生き物が、鯨である。スケールの大きな移動なんですよね。舟というのは、そういった移動を可能にさせてくれる乗り物でもあります。現在のように人が自由に移動ができなくなってくると、鯨がうらやましいですね。

是恒:人が移動できなくなっても、鯨や鮭、渡り鳥など回遊する生き物たちは、ずっと同じように巡っているだろうな、と考えるとおもしろいですね。

鈴木:丸木舟でも作って、動物のようにパスポートなんかも関係なく、舟で飛び出してしまう人がいてもいいな、なんて思うんですが、太平洋の島々は過去に外部からやって来た人によって感染症を持ち込まれた過去があるので、同じ心配はあります。

是恒:人間以外の生き物のことを話したり考え始めると、こういう状況でも心が自由になれる気がすると思いました。世界の広さを気付き直せるという感覚です。

鈴木:パスポートも規範も何もかも捨てて、野生の動物として生きていく、その世界に入っていくということは、自分も食べられるかもしれないということです。心の中だけでも、ある意味では解放されるけれど、実際に体験しなければわからないこともあるでしょうね。

是恒:旅をすることが難しい現在ですが、想像力と実際の体験の両方から見えていた世界を忘れないようにしたいです。


******
|プロフィール|
鈴木克章
シーカヤック日本一周最長記録保持者。丸木舟にて台湾から沖縄与那国島まで航海成功。「3万年前の航海徹底再現プロジェクト」漕ぎ手。ガンジス川源流域の氷河を起点にカヤック旅を敢行するなど複数の巨大河川を漕ぐ経験を持つ。静岡県生まれ。浜名湖シーカヤックツアーズ代表。
http://hirumanonagareboshi.hamazo.tv/


画像1

画像2

(今回の写真:トップ=羅臼の海のシャチ、ボトム=宮城県唐桑半島・御崎神社と鯨塚)

******

よろしければサポートをお願いいたします。いただいたサポートは、今後のリトルプレス『ありふれたくじら』の制作活動資金といたします。