子供を望まない女は自分勝手なの?
思春期の頃から子供があまり得意ではなかった。
無遠慮に敵意を剥き出してくる稚拙な感情表現も、構ってほしくて何度も同じ話をしてくる非合理的な行動も、「女性はみんな子供好き」という公式に乗れない自分を露骨に表してくるその存在自体も、全部苦手で「かわいい」なんて思ったことは一度もなかった。
だけど人には言えなかった。
だって「私、子供苦手なんですよ」なんて口にしたら非国民と言わんばかりにギョッとされる。
だから赤ちゃんを見れば周りと同じように笑顔を作り、「かわいいですね」と微笑んだ。
赤ちゃんたちはそんな私の顔を無表情にまっすぐ見ていて、その目はまるで〈お前の本心は知っているんだぞ〉といっているようで怖かった。
そんな私が少し子供を克服したのは大学生の時。
何を思ったのか小学生を連れてキャンプに行くボランティアに参加したことがきっかけだった。
当然子供の世話をしたいとか、関わりたいという気持ちは一切なかったが、友達に誘われて、暇だったし、旅費は全て出るとのことだったから遊びに行く感覚で参加した。
そこには低学年から高学年の小学生数名がいて、夏休みの1週間近くを子供達と山の中で過ごした。
1週間も一緒にいると、ひとくちに「子供」といっても一人一人に人間性があり、個性があり、中にはすごく仲良くなった子もいて、かわいいなあと思える子もいたし、「子供」という括りではなく1人の人間として付き合えるのだということを知った。
それに私が考えるほど子供には〈見透かす〉なんて能力はなく、もっと単純で、もっと素直な存在だった。
ずっと一緒にいることは無理だけど、子供に対する「怖い」という感情が消えたのはちょうどその時からだった。
だけど、だからといって自分の子供が欲しいなんていう前向きな気持ちは一切生まれないまま適齢期と呼ばれる年齢を迎えてしまった。
※これはモラハラ離婚回の続きの話です。
前回の記事はこちら。
A(元旦那)には3人の兄弟がいた。
姉、姉、A、妹。
見事に女に挟み込まれている。
当時結婚していたのはAと妹だけで、二人の姉には独身だった。
一番上の姉は海外でバリバリ働いており、2番目の姉も東京で男性サラリーマン並みに稼いでいるバリキャリ。
妹は地元のまた名家といった感じの家に嫁いでいたのだが、私とAが結婚して1年ほど経った頃、妹が妊娠したと知らせがあった。
この時妹にはすでに2人の子供がいたのだが、3人目の妊娠だった。
「妹さん、子供が好きなんだね」と私がいうと、Aは何でもないようにこう答えた。
「まあ、上の2人とも女の子だったからね。」
あ、、、、、、、
その時私の脳内に結婚の挨拶にAの実家を訪れた時のことがよぎった。
〈子供は早く産みなさいね。男の子ね。〉
もしや、男が産まれるまで産み続けるとか、そういう…こと…?
ゾワっと鳥肌が立つのを感じた。
前述の通り子供嫌いは多少解消したが、やっぱり今は自分の子供なんて考えられない。
一度産んだらもう2度と戻れることはないし、そんな覚悟は微塵もなかった。
「俺たちもそろそろだよね。」
Aはにっこり笑ってそう言った。
今までやんわり伝えつつも濁してきたが、はっきりきっぱり言わないとならない。
そう思った。
「あのさ、結婚前にも少し話したけど、私はそんなにすぐっていうのは考えてない。自分がちゃんと親になれるって自覚を持てないと、産めない。」
空気がさっと変わるのを感じた。
ああ、ダメだ。これは。
怒らせた。
そう思い恐る恐るAの顔を見た。
しかしその顔は怒りに震えた顔でもなければ、こちらを睨んでもいなかった。
あ、もしかして大丈夫か、と思った途端に、そんなわけがないとすぐに思い直した。
表情がないのだ。
能面のように、何も読み取れない無表情。真顔。
こんな顔をさせて、大丈夫なわけがない。
怒り、絶望、失望、悲しみ、焦り、ありとあらゆる負の感情をかき集めると人は表情を作ることすらできないのだと、この時私は初めて知った。
「あなたは」
無表情のままのAが、これまた何の色もない声を発した。
「あなたは自分のことしか考えていないんですね。」
これまでAには色々なことで批判されることはあったが、「あなた」なんて言われたことは一度もなかった。
一番近いはずの夫婦という関係なのに、誰よりも遠い世界にいる人のように感じた。
「家族のことは一度でも考えたことはありますか?あなたが子供を産みたくないのは自分の時間がなくなるからとか、育児が大変そうだとか、どうせそういう理由ですよね?
自分勝手だとは思いませんか?」
「そうじゃなくて、私のお母さんのこともあるしまだ親になる自信がないんだよ。子供を産むって私にとってはすごく大きなことだから無責任に中途半端な気持ちで産みたくないの。」
Aは「無責任」と私の言葉を繰り返すと、小さく笑った。
なぜ笑われたのか全く理解ができなかった私は黙ってAの顔を見た。
「無責任って、今あなたが言っていることがもう既に無責任なの分かりませんか?
…あーなんかもう、ダメだわ。」
Aはそう言ってカラカラと笑い続けた。
もちろん愉快な笑みではない。
「今の言葉であなたを守りたいと思った気持ちは全部消えました。もう少し自分の立場とか、考えたらいいと思いますよ。」
そう言い残してAはひとり寝室へ去っていった。
バタンと大きな音でドアが閉ざされ、1人広いリビングに残された私にはなんの感情も出てこなかった。
ああ、もしかしたら。
さっきの私に対するAはこんな感情だったのかもしれないな。
そんなことを思った。
それから少しして涙が出てきた。
泣くとAはそういう私をひどく嫌がる。
だから絶対にバレてはならない。
だけどこの場を動くこともできない。
私は自分の嗚咽が隣の部屋にいるAの耳に届くことがないように体を丸めて声を押し殺して泣き続けた。
Aから否定されたことが悲しいのではなかった。
伝えたいことが伝わらなかったことが悔しいのではなかった。
みんなみたいに、当たり前に子供をかわいいと慈しみ、その存在を望むことができない自分が悲しくて悔しかった。
私は普通ではない。
子供よりも自分のことを優先したいと考えている私は女として欠落している。
Aが失望するのは当たり前だ。
申し訳ない。
こんなに大切にしてもらっていたのに、申し訳ない。
そんな考えばかりが何度も何度も頭の中に湧いて出て、その度にダメな自分のことを否定した。
今にして考えると、自分の時間が欲しいと願うことの何が悪いのか分からない。
それに、子育てをメインでする女が自分の意思ではなく人から強要されて産んだ子供が幸せになるのだろうかと甚だ疑問に感じる。
Aと私は家族だったのに、Aのいう「家族」は明らかに私のことを指していなかったこと、自分勝手なのはどちらなのだろうと本当に腹が立ってくる。
だけどこの時の私は怒ることが出来なかった。
結婚してから1年間、Aと過ごす中でやんわりと、でも確実にこういった人格否定を繰り返され、完全に自尊心を失っていた私に相手を疑う力など残っていなかったからである。
それから私たちの関係には明確な上下関係が生まれることとなった。
嫌な予感がしたみなさんすみません。
地獄の日々はまだもう少し続きます。
モラハラ離婚全編はこちら
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