【前半】「性自認は男性」と「子どもがほしい」ーー“私”が抱えてきた性別違和(2022年Wezzy掲載)
今回の記事は、2024年4月でサービス終了した株式会社サイゾーが運営するWEBマガジン「Wezzy」にて、2022年に掲載していたものです。
「性同一性障害なのに母親に? 妊娠、したいんですか?」ーー看護師は私にそう問うてきた。
不妊クリニックの面談でのこと。その日は、初診だった。問診票の記入を4枚ほど課され、過去の妊娠歴や生理周期などを書き込んだ。受付に渡すと「ほかに検査結果があればご提出ください」と言われた。何か持っていないか、私は記憶をたどった。
では、不妊治療は保険が効かないこともしばしばらしい。検査をひとつでも減らせたら、お財布的にラッキーではないか?
(そう言えば、この前行ったクリニックで血液検査を受けたな。たしかカバンに入れっぱなしだったはず……)
漁ってみると案の定、検査結果が出てきた。ちょうど女性ホルモン値を測ったものだ。これでちょっぴりお得になるかもしれない、そう思い、合わせて提出した。
だが、その判断をただただ後悔することになるとは、そのときは想像だにしていなかった。
初診では、医師の問診の前に、看護師による面談がある。提出した問診票や書類を確認し、患者の希望と治療方針をすり合わせるようだ。患者としては、医師に事細かに伝えるより、看護師のほうが何かと言いやすい。なかなか好感の持てるシステムだ。
看護師はやわらかな口調で1枚1枚を読み上げ、丁寧に確認していった。ときに補足のメモを書き入れながら。面談は順調に進み、もうこれで最後だろうというタイミングで、私の提出した検査結果を手に取った。ざっと目を通し、こう確認した。
「これはどちらで、何のために受けたものですか?」
思わず固まった。わざわざ聞かれるなんて思いもしなかった。「この前行ったクリニック」とは、産婦人科ではかなり口にしにくい場所なのだ。私の動揺をよそに、看護師は書類に目を落としたままだ。
いつまでも固まってもいられまい。私は意を決して口を開いた。
「ジェンダークリニック……精神科で、性同一性障害の診断のために受けたものです」
私はおよそ半年前から、ジェンダークリニックと言われる「性同一性障害」を診断できる精神科に通っていた。
「心が男性」はピンと来ない
私はずっと、自分のことを女性だと思えずにいた。幼いころから「性別違和」があるとは思っていた。だがこの時点ではまだクリニックで「性同一性障害」の診断を受けてはおらず、ようやくクリニックに通い始めた状態だった。
話を進める前に、ちょっとマニアックな説明をさせていただきたい。
多くの方が、出生時に割り振られた性別と本人の自認する性のアイデンティティが一致しないことを、「性同一性障害(Gender Identity Disorder)」と認識されていることだろう。実はこの性同一性障害という言葉は、世界的には過去のものになりつつある。
米国精神医学会が発行する診断基準の最新版DSM-5は、日本でも多くの精神科医が診断基準としているものだが、ここでは2013年から性同一性障害を「性別違和(Gender Dysphoria)」へと置き換えている。また、WHOが作成する国際疾病分類の最新版ICD-11では、「精神および行動の障害」としていた性同一性障害を「性別不合(Gender Incongruence)」と変更し、分類は「性の健康に関連する状態」にあらためられた。治療は必要であっても疾病や障害ではない、という考えからだ。
しかし2021年現在、日本では戸籍名の変更などの行政サービスや治療を受けるには「性同一性障害」の診断が求められることが多々あり、まさに過渡期のただ中にある。私も自分の状態をどう表現すればいいか、実に悩ましいところだ。このコラムでは、医師が下す診断のみを「性同一性障害」とし、それ以外は「性別違和」と表現しようと思う。
長々と説明したが、私がジェンダークリニックの門を叩いた理由は、性同一性障害かどうか知りたかったからではない。周りから見られる性と自分の中から湧き上がる性が、いつも噛み合わなかった。そんなジェンダーの不一致感の正体を知って、解消したいと思ったからだ。
そんなことを産婦人科で言うつもりはなかった。余計な混乱を与えるだけだからだ。だが、相手は医療関係者で、人はみなさまざまな事情を抱えているもの。ここでなら、意外と大丈夫かもしれない。正直に言えば理解が得られるのでは、という淡い期待もあった。
それはすぐに、裏切られることになる。
「なる、ほど……ジェンダー…クリニック……? 性、同一…………?」
看護師の動きが止まり、意味を飲み込むように私の言葉を片言にくり返した。不妊クリニックを受診する人は、「自分の自認は男性で」なんて、まず言わないんだろうな。
「あ、LGBT的なアレです。ジェンダークリニックって、そういうのに強い精神科のことで。性同一性障害ってトランスジェンダーとか、おネエとかそういうのですね。KABA.ちゃんとか、はるな愛さんとか」
われながら、偏見に満ち満ちた、なんてひどい説明だ……。自分の言葉に心底うんざりした。だが、こうでも言わないと看護師の混乱は消えそうになかった。
「ーーああ……っ! なるほどなるほど。わかりました。では、奥さまは『心が男性』ということですね」
性同一性障害の説明ではよく「体と心の性が一致しない」と言われるし、わかりやすい言いまわしだと思う。だけど現実に自分にその言葉が向けられると、「心の性別って何で見分けるの? 一人称がオレとか?」と、なんだかピンとこないものだ。
「『心が男性』か、はわかりませんが、私は自分を『男性だと認識』しているんですよね……あ、もちろん! あなたが理解できないのは当然なんです。”女性”にしか見えないですもんね」
看護師に自分のことを理解してほしいわけではない。ただ、丁寧に解説しないといけないような不安があった。それを知ってか知らずか、看護師から投げかけられたのが、冒頭の問いだった。
「性同一性障害なのに母親に? 妊娠、したいんですか?」
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