見出し画像

平凡な女子大生の私小説「打算が引き寄せた思いがけない案件」#4

「君は俺のことを知ってるのか?」
 私は急いで首を横に振った。知らないし、知っていたとしても、やっぱり同じ反応をしたと思う。
「じゃあ、全部なかったことにしてくれ」
 全部なかったことに? 私とあなたとの間に重厚なストーリーなんてなかった気がするけど。うん、私まだ一言も声すら出していない。それに――
「あの、何か困ってるんですか……?」
 ――まだ助けてない。
「ああ……そう見えるか……やっぱ顔には出るもんなんだな」
 ごめんなさい、当てずっぽうというか、誰でもよかったっていうか……。
 いや、果たしてそうだろうか。心のどこかで、困っていそうな人だと認識していた気がする。
 このとき私は、互いに離れる選択をした父と母のことを思い出したのだった。二人に対して、私は打算のようなものを抱いてはいないだろうか。東京と函館を行き来する自分に、誠実さを自ら付与してはいなかっただろうか。そうだとして、一体何が得られるか、それはどうでもいい。私は打算で動く人があまり好きじゃなくて、でもそれが、社会での正解を遠ざけることを知っている。変わらなければ。大人にならなければ。それらの葛藤こそが、大学生というモラトリアムの代償なんだと思った。
 くだらないことを考えてしまうのは、やはり彼のあの言葉を思い出すための心の準備が必要だったからだろう。
「よければ話してください。力になれるかはわかりませんけど――」
 彼は遠くを見つめながら、全てを諦めたかのような気力のない表情で、私の言葉を自然に遮った。
「迷ってるんだ。逃げるか、それとも死ぬかを」

<続く>

いいなと思ったら応援しよう!

桜井めい
こんな駄文垂れ流してる私ですが、ちょっとしたエールなんかをお願いしちゃったり!