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環さんのものがたり
映画「すずめの戸締まり」の入場者プレゼント小説「環さんのものがたり」がとてもよかったので、感じたことをメモしておく。
※ネタバレあり
すずめは母と家と故郷を突然失ってしまい、心に大きな傷を負う。環さんは、その「すずめの傷」と向かい合うことで、環さん自身も心に大きな傷を負うことになる。すずめは表面上は明るく快活だが、現実世界から離れて死者の世界に近接してしまっている。その深淵から引き上げるために、環さんは一緒に深淵に落ちてゆき、ときには彼女の方が「より深い闇」に足を踏み入れ、すずめを下から押し上げようとさえする。そういう彼女たちの地獄めぐりのほんの一端が描かれる。「まだ、おうちに帰っちゃだめ?」からのシーンは、文字通り「胸を締め付けられる」。環さんの痛みがダイレクトに感じられるようだ。
すずめの戸締まりは「泣ける映画」だが、泣けることはこの映画の評価すべきポイントではない。「だれもが涙してしまう深い傷」を負った少女が、自分で自分を救い出すことができることを、説得力を持って描くことに成功していること。それがこの映画のすごいところだと思う。そして環さんの抱えてしまった闇が晴れるシーンも、とても説得力を持って描かれる。「ぜんぜん、それだけじゃないとよ」。このシーンはすごく心に残るシーンだったのだけれど、この小説を読んだ後では意味が変わる。「それだけじゃない」のは、本当にそれだけじゃない。カナタハルカに「君がこの僕を形作っている」という歌詞があるが、文字通り(比喩とかではなく)環さんが今のすずめを形作っている。
「本当に深い闇」のすぐ近くを生き抜いてきた二人が、ちゃんと自分を救うこと」に成功する。それを説得力のある物語として描くことは、とても難しいこだと思うのだけれど、この映画はそれに見事に成功している。映画を見た後で「どんな深い闇であっても戸締まりはできる。そういう風に世界はできている。だから、もし闇に落ちることがあったとしても大丈夫なのだ」と感じる。映画を見た後では、世界が少し違って見えるようになる。それがこの映画の力で、それは私から見ると、本当にすごく上手くいっている、と感じる。