10/1晴れ 「チョコレート」
外はうだるような暑さなのにシンと静まり返った廊下で名前を呼ばれるのをじっと待っている。
腰掛けた合皮のソファの後ろに何枚もある大きな窓から太陽が照りつけてジリジリとつむじを焦がしているような気がする。
こめかみから顎に向かってツーっと汗が垂れてきた。
どのくらい待っただろうか。
「櫻井さん中へお入りくださ〜い」
と、なんだかこの場に似合わない間延びした声が聞こえてきたので立ち上がり目の前の扉を開けた。
ヴゥゥゥン
目の前に大きな白い冷蔵庫がある。
その横から冷蔵庫と変わらないくらい大きい男の医師がひょこっと顔を出して、さっきと同じ声で
「今日はどうされました〜」
と聞きながら冷蔵庫の前にある丸椅子に座るように目で促してきた。
私は「なんだかここ最近体調が優れなくて┉」
と言いキシキシと音のなる丸椅子に腰掛けた。
医師は目や口の中を診ながらふむふむと頷く。
ふと、医師の白衣の両ポケットがこんもり膨らんでいるのが目に入る。
「う〜ん、糖分欠乏症だね〜」
と欠伸でもしそうな声で言ってきた。
私は「糖分欠乏症ですか?初めて聞きました。どんな病気なのでしょうか?」と質問すると
医師は「とにかく甘いものでも食べればいいよ〜」とまたなんともやる気のない声で答えた。
私が「薬とかはありますか?」と聞くと
「甘いものを食べてれば平気だから!」と、さっきとは打って変わって少し興奮して言った。
「ちょっと失礼」
と医師が急に立ち上がり大きな冷蔵庫を開けて何かを取り
バタン
と大きな音を立てて閉めた。
「私はこれがないとダメなんですわ〜」
と銀色の包み紙をカサカサ開けるとチョコレートが出てきた。
「冷やしたのが大好きでね〜」と言いながらひょいっと二、三枚口に入れたかと思うとバリバリボリボリ音を立てながら食べ始めた。
そのうちに硬そうな音からグチャグチャと何だか柔らかそうな音に変化していくのを聞いていたら気持ちが悪くなってきた。
「お1つどうです?」と聞かれたが
「いいえ、チョコレートは苦手なので」と答えたら今度は白衣のポケットに両手を突っ込みゴソゴソ何かを探している。
「あった、あった。」
と手の中から飴玉が5つも6つも出てきた。
「じゃぁ、これをあげるよ」と言うので
その中からオレンジが描いてある飴玉1つを医師の手に触れないように取り
「ありがとうございます┉」と言うと
医師がやけに真っ白い歯を見せてニカっと笑った。
「今食べておけば体調もすぐ良くなるでしょう、薬はないので今日はこれでおしまいです。」と言ってじっと見つめてくるので、
仕方なく包みを開けて口に放り込むと「ありがとうございました」と言って急かした様な気持ちで診察室を出た。
気付いたら汗は引いていた。
診察室に背を向けて歩き始めた時にまた
バタン
と籠った音が聞こえてきた。
口の中にチョコレートの味が広がった。
おしまい。
今日の妄想を少し分厚くしておきました。
少しの暇つぶしになったなら幸いです。