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【毎週ショートショートnote】夜からの手紙

 子供時分、夜の山頂で不思議な経験をした。
 草の上に寝ころんで星座を眺めていたときのこと。
  
 突然、星が一つ二つ消え始めた。
 やがて完全な闇に包まれたかと思うと、ひときわ煮凝ったような漆黒の帯が夜空からゆっくりと垂れてきたのだ。

 まっくろな着物の帯のようなものが自分の顔の上をひらひらと揺れている。

 何だろうと思っていると、帯はひとりでにねじれた。
 ぽたり、と何かが顔の上に落ちる。

 遊び疲れたはての夢か現実か。
 自分はそのまま夢の世界に落ちていった。

 翌朝、顔についたそれが墨汁のようなものであることを知った。

 なるほど闇は飽和すると雑巾を絞るようにどこかに落とすのか。

 自分はそれを『夜液』と名付けた。

 夜液は蘭奢待のような馥郁たる香りで、最高級の墨より深く、自分は完全にそれの虜になった。
 
 夜液は簡単に手に入るものではなかった。
 より濃い闇を求めて、自分は旅をつづけた。

 生涯かけて集めた夜液は、この小瓶一つ分だ。

 今日、大切な夜液を使い、最愛の「夜」さま宛に手紙を書いた。
 夜液を集めることに捧げた人生は幸せであったこと、その旅で出あった素晴しい友たちのこと、夜に包まれて過ごした何百という美しいとき――。

 自分はいまあの山の頂上にいる。
 手紙を紙飛行機にして、スッと夜空に飛ばした。

 夜からの手紙はくるだろうか?

 わくわくが止まらない。

 老人の幸せな人生はこれからも続く。

(593文字)

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