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【モノカキングダム】さよなら金木犀
【ショートストーリー】
西日の強いアパートで、女がしどけなく窓の外を眺めている。
窓に片肘をつき、吹き込む秋風に長い髪をただ靡かせている。
秋風には金木犀の甘く切ない香りが混じり、秋の終焉と冬のはじまりを物語っていた。
女は頑なにこちらを見ない。
「……もう、出ていくの?」
窓の外に瞳をおとしたまま、ふいに尋ねてくる。
俺はボストンバッグを片手に無言でうなづく。
金木犀の薫る部屋に、痛いほどの沈黙がおちる。
「……金木犀ってね、」
女が世間話をするような口調で話し出す。
「金木犀って、挿し木で増やすしかないんだって。雄株しかないから、自然に交配して増えていくことはない。誰かが植えた、その場所で生きるしかないそう。そこで生きるよりほかに道はない。……ふふ、私といっしょじゃない?」
泣きそうな顔で、女は笑った。
この部屋に棲む幽霊である女は、この部屋から出ることができない。
大学四年間、格安で借りたアパートに最初から棲んでいた幽霊。
無口で、表情が乏しく、一緒にいておもしろい女ではなかった。
しかし、ともに暮らすうちに、意外と情が深いことや賢いこと、感受性が豊かなことをしった。
「……そんな恰好で寝ていると風邪ひくわよ」
「春ね、空気があまい」
「退屈だわ。風鈴つけてよ」
「いい音」
お喋りでない女と過ごす、何てことない日常を俺はいつしか心地よいと思うようになった。
そして馬鹿馬鹿しいことに、触れることも抱くことも叶わない女を俺は次第に愛するようになっていた。
女もまたそうだったのだろう。
声に出すことはなかったが、視線で、微笑みでそれを伝え合った。
この小さな幸せが永遠に続くと思っていた。
この小さな幸せが永遠に続くことを望んでいた。
しかし、ときは無情だ。
俺は大学を卒業し、関西で就職が決まった。
女がほそい声で言葉を紡いでいく。
「金木犀はどれだけ強く香っても実を結ぶことはない。どれだけ強く欲しがっても声はどこにも届かない。どれだけ強く願っても……。咲いて、散るだけ。……みじめな花ね」
何か言ってやりたいのに、喉がはりついたようになり、何も言えない。
そんなことないよ、とか、また会いにくるよ、といった空々しい台詞さえ言えない。
もう終わりだと、二度と会えないのだとお互い分かっているから。
「もう行って」
西日が強く射しこみ、女の顔がよく見えない。
けれども心が泣いているのはわかる。
四年も共に過ごしたのだから、痛いほどわかる。
抱きしめたいが、触れることすら叶わない。
伝える言葉をもたず、されども離れがたく、俺は金木犀の薫る部屋で木偶のように立ちつくした。
「行って」
ぎゅっと目をつぶり、女の強い口調に追い払われるように部屋を出た。
冷たい秋風をうけながら戸をしめ、その場にずるずるとしゃがみこむ。
両手で顔を覆う。
一度も言えなかった言葉。
言ってはならなかった言葉。
でも一番言いたかった言葉。
――愛してる
今さら小さく呟いて、声が枯れるまで泣いた。
さよなら金木犀
あなたを忘れないから
ずっと、ずっと
さようなら、俺の金木犀――
(1276文字)
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テーマは【こえ】 12月15日〆です✨