「音」がテーマの展覧会

2022年6月、宗像のgallery wabiで「音」がテーマの展覧会に参加させて頂いた時の記録です。(下書きのまま今までずっと放置してたのが見つかりました)


以下、当時の記録より。


5月20日
音って字は日が立つってことかと思ってたら違うくて、一と言だそうです。人や物から空気が振動して伝わるもの。私は言葉を軸に、映像と写真を添えて表現してみようと思います。

音の成り立ちはコチラ↓

「音」はもともと「言」に「一」を組み合わせて作られた漢字とされています。「言」は「神様への祈いのりの言葉」や「神への誓ちかいをする様子」を表しています。言の口の部分は、神に唱となえる祈りの文である祝詞のりとを入れる蓋ふたつきの入れ物(器うつわ)です。
 一方、「一」は「神への誓い」に対する「神の反応はんのう」を表します。「祈り(言)」に対して「神が反応(一)」するときは、「静しずかな真夜中に、人知れず祝禱しゅくとうの器に微かすかな音を立てる」とされていました。そういったことから、「言」に「一」を組み合わせて出来た「音」は「おと」として使われるようになりました。


6月2日     
昨年、この企画展のお誘いをオーナーさんに頂き、ずっと考えてました。
四者四様 まるで予測できない感じが面白いなぁ、と思います。私は、動かないものを動かそうとしていた始まりの地点から、しっくりくる方法で動かすことを覚えたかも、といった感じです。

昨日、帰り道、無意識の連想ゲームのようにこの言葉が降りてきました。
「relations」

今、なるほど、と腑に落ちたので、書いておきます。

小学校の時、教科書に載っていた「朝のリレー」という詩がとても心に残っていて、これは、私の思想の方向性を導いてくれた羅針盤になっているのではないかと、最近気づきました。

ウクライナの子供たちのことを考える時、同時にロシアの子供たちはどうしているかな、怖い思いをしているだろうな、世界で、まるでロシアの人たちは消えてしまったみたいに、見えなくなってしまっていて。

カムチャッカの若者が きりんの夢を見ているとき、ほんの少し想像してみる、そんなことが私たちにはできるんじゃないか、

relations を調べると、「アレとコレの関係性」と書いてる人がいて、私は今回、テーマの「音」に選んだツールのひとつ「言葉」を使ってアレ(私以外の全部)とコレ(私)の関係を繋げたり、解いたり、時々は破壊したり、そしていつでも関係性は進行形なので、そんな展示ができたらいいな、と思ってます。



6月4日
実は、ほんとに音楽をやってる人は、HULOTの渡邉さんだけという今回の展示。
音をテーマに、だけど、櫻木雅美で参加するなら、何ができるのか。

外観と内観が違って見えてるんだろう、と思う。
私は外と内で私だから、つじつまあってるんだけど。
音がテーマなのに、なんでこんなことになってるの?っていう質問を頂きましたが(笑)
それ、櫻木が割と構築的にお答えできます。
でも、表現って、出す側と受け取る側で完成するもの、のような気がするので、見てる人が、そこまで知りたい、と思うなら伝えようと思います。
重松さんも田代さんも、めちゃめちゃ面白いです。
それ楽器なんだ!とか、それ楽譜なんだ!とか
一見、音とは関係ないように見えるものが、その作家さんの中で、どんなふうに音と繋がっているのか、想像しながら見るのも面白いかもですね。
初日のライブでは、なんかよくわからん人たちを、美しいギターの音色でまとめてくれていたユロの渡邉さん。
その後、どんな音楽作品になったのか、
それをwabi の良いスピーカーで聴けるのが楽しみです!

カメラオブスキュラ。神様との交信に使いました
田代さんの作品と重松さんの作品でできた祭壇。お客さんがお賽銭入れてました!罪!(笑)



6/4オープニングライブ S.Cage / S.Orchestra 「40'33"」


ここからは追記です。もううっすらした記憶の膜で包まれてますが。

「40'33"」その空間でフラットに細胞広げて、降りてきた言葉を、パソコンでタイプして、プリンタで出力しました。
プリンタのインクが限界で、絞り出されたアウトライン。
重松さんが作った楽器を鳴らして参加してくださったお客さん。
感覚を感覚で触る、みたいな、時間になりました。


オープニングライブの後、見にこられたお客さんによる作品(笑)

「音」 2022.6.4-14  gallery wabi
櫻木雅美  /  写真・映像・言葉 
重松希  /  金属造形
田代国浩  /  音の出るオブジェ
渡邉敦  /  音楽


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