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解離性同一性障害にいたるまで~4

こんにちは。sakuraです。
前回の記事では思いがけず早婚、そして出産を経験し旦那さんの色んな一面が垣間見えてきたお話を綴りました。

私たち夫婦は子どもは最低2人は欲しいと望んでおり、2人目の子作りはかなり計画的にすすめて、たまたま上手くいったパターンでした。笑

次女を妊娠、出産するまでの期間は日中、近所で色んなバイトを掛け持ちして、その間は自分の時間というか、社会と関わりを持つことができる有意義な時間を頂いてました。
それこそ高齢のお義母さんが24時間、いつでも子どもをみてくれているおかげだったので本当にお義母さんには頭があがりません。

些細な言い合い程度の旦那さんとの喧嘩は、割と日常にはありましたが、これも一般的な範疇だと思うのでその辺は割愛。
むしろ次女を妊娠するまでの間は海外ウエディングの計画を1年掛りで立てていて、専門業者とのやり取りはほぼ私が担当。
旦那さんは既にバツイチで、挙式披露宴はやらない、と言われていたけれどどうしても写真は残したかったし、せっかくなら長女も産まれ挙式の頃にはヨチヨチ歩きしている時期・・・ということで、案外楽しくそれなりに平穏でした。

友達たちとの楽しみを奪われてしまった哀しみ。

そんなsakura、当時は年に2回、夏と冬に地元の親友たちと集まって飲み会やBBQというのが恒例で。外ではお酒は飲まない私。いつものメンバー(親友2人にその彼氏→のちに旦那様や、その男友達)だいたい7、8人かな?
私がみんなを送迎する役でした。
お馴染みの決まった居酒屋からスタートして、決まった二次会(カラオケ)に行くのが定番のコース。
解散後に、途中クルマで友だちを自宅に送ってから帰るので午前様。というのも恒例でした。


とはいえ、私の帰宅が午前様になるなんて、この集まりの時だけで、それ以外はバイトしながらも家事も育児も出来ることはほぼちゃんとやってきたし、sakuraにしてみれば年に2回の、唯一羽を伸ばせるお楽しみイベントだったわけです。

その恒例の飲み会。
たぶん2月の遅めの新年会の時だと記憶してます。
二次会のカラオケで盛り上がっていた週末のある日、カラオケ屋のおばちゃんが部屋に来て「ねえ、〇〇さんてここにおるー?なんかね、ご家族から電話がきて。繋がってるからはよ出てー!」って。
え?? 〇〇さんてsakuraやんな??
慌てて鞄のスマホを見ると、旦那さんから10回くらい鬼着信が。これはヤバイ!何事かと真っ青になって、慌てて走って下へ駆け降りてお店の電話に出た私。
「ごめんなさい!!カバンに携帯いれてて何も気が付かなくて。何があったの?」
と訊くと・・・旦那さんは後ろでなにやら普通に仕事をしている様子(週末、飲食店勤務です)が聞こえてきて
「別に何もないけど、まだカラオケしてるの??そろそろ0時だよ」
とひと言。。

はい、、、???
まずは家族に何かがあった訳では無いことに心底ほっとしたけれど、同時になんとも言えない怒りも湧いてきた。
たいてい友達たちとの集いは深夜1時頃解散して、友達を送りながらsakuraの帰宅は2時頃になるので今日もその予定だよ、とだけ告げて。あの鬼着信は何だったんや。
部屋に戻ると皆が心配してくれていて、口々に声をかけられました。
「sakura大丈夫なん?子どもちゃん?ばぁば?何もなかったん??」
事の顛末を説明すると、みんなは
「まあなーsakura旦那さんより若いし心配されてるって事だよねえ、、なんかウチらもずっとこれまでのノリで誘っちゃっててごめんな・・」
と、逆に謝られてしまう始末。いやいやいや。そこは謝らんといて~!!私の唯一の年に数回の楽しみなんで。悲


でも結局、カラオケ店にまで電話してくる旦那さんに遠慮したのか、それ以降は友達との恒例の集まりに声が掛からなくなってしまったのでした。
本当に、本当に悲しかった。
結婚したとはいえ、ママ業しているとはいえ、まだ私22歳やねん。普通に友達と過ごす時間が年に数回ある事のドコがあかんの??ちょっと理解できない。

自分はしょっちゅう仕事の延長で「勉強だ」とか若い子連れて他店舗に飲みに連れて行ってくるだと言っては(その都度、月々の小遣いとは別に予算は手渡ししてました)出かけて朝帰りしてきたり、趣味のバイクにウン十万もかけてカスタムするとか、、旦那が稼いでいる訳だから別にいいけど。バイクの話も初めは予算10万だったの。それが1ヶ月後には50万になって。
カスタムし始めるとあれもこれも、となる気持ちは分からなくもないけどな、お前さあ、年に1回も乗らないようなバイクに50万円かけるんか。乗れよ、絶対。笑
そのくせ私の事になるといつも
「今どこにいるの?誰と何してるの?何時に帰ってくるの?」って毎回毎回。
私ちゃんと前もって誰とドコに言ってくるって言ってるよ?聞いてへんの?
Aさんは私に関心があるのか無いのか、サッパリわからん旦那サマでした。

迎えた海外挙式と、次女の誕生♡

結婚3年目を迎えた早春、私たち夫婦は長女とハワイ挙式を挙げました。衣装とかにはそれほど拘らずシンプルイズベスト、あくまでハワイっぽさを感じられるフォトツアーと、あとはどうしても譲れなかったのはシェラトンモアナサーフライダーホテルへ宿泊すること。それが私の希望で、交通費含めて恐らく総額150万くらいに収められたかと記憶してます。
挙式のあとに次女の妊娠も確認出来たので、我が家の次女は、ハネムーンBABYです♡笑

初めて心から「この仕事がしたい!!」って思った。

次女を無事出産してしばらくした頃から、週末のアルバイトで結婚式場のサービス(主に配膳)をしていたこともあり、結婚式の裏側をずっと見てきていたsakura。
バイトさせてもらっていたのは自宅からほど近い、ごぢんまりとしたゲストハウスで、1日2組貸切ウエディングができる会場でした。
一緒に働いていた当時の上司、先輩や同僚仲間とも、とても雰囲気がよくて元々接客は好きだったけれど生まれて初めて私は「ブライダルをじぶんの仕事にしたい!!!」と思うようになりました。

結婚式は「プロの集団」が創り上げる特別な1日。

結婚式当日を裏舞台からずっと見ていて感じたのは、プランナーだけではなく、司会者さん、牧師さん、聖歌隊、カメラマン、音響さん。そしてお花屋さん、美容師の先生方。もちろん私たちサービススタッフも含め「全員がプロフェッショナル集団でなくてはいけない」という事でした。
私がバイトしていたゲストハウスは分業制ではなく、全てのカップルに1人のプランナーが初めから挙式当日までずっと担当する、というタイプの式場。

ブライダルに携わりたい!
プランナーを目指したい!!
そんな思いがふつふつと湧き上がり、当時の上司に私が「実はブライダルを本格的に勉強してみたいと思ってます」という気持ちを伝えると、二つ返事で大賛成してくれた上司。
まず上司がアドバイスしてくれたのは、せっかくなら初めはホテルウエディングを経験しておいで!きっと役に立つから。という事でした。

ちょうど運良く、その時期に1年間の契約社員で募集が出ていたシティホテルがあったので、迷わず応募し、即決で就業が決まり。
接客のイロハから、多部署にわたるそれぞれの業務分担について色んな経験をさせてもらいました。

・完全分業制のホテルブライダルで学んだ事。

基本的にはブライダルサロンにて、お打ち合わせや式場見学に来られたお客様へのご案内をするのが私の最初の仕事でしたが、合間をみて先輩プランナーがどんな手順でプランニングをしているのか、宴会のキャプテンは当日の準備をどのように行っているのか、美容室ではどんな打ち合わせをするのか。お花屋さんでは、、また同僚の男性スタッフと周辺のゲストハウスやホテルにカップルを装ってあちこち視察にも行きました!
と、本当に刺激的で楽しい1年間はあっという間に過ぎていきました。
暇を見つけて、成約後のカッブルさんにお渡しするファイルの資料を見直して、こんな文言を入れたらどうだろう?とか私なりに作成していたものを、上司に提案してみたら
「sakuraやるじゃん!これいいね!デザインもフォントも素敵だし採用な🎶」
と、嬉しい事も。
サービススタッフとしても大きなパーティなどの時にはヘルプスタッフとして配膳をしたり、喫煙所での他部署の方々とのちょっとした交流が、のちにとても活きることにもなりました。
契約終了間際には実際の見学者のご案内を担当させてもらい、無事に当日ご成約を頂けました!初めての成約カップル♡ 今でも忘れられません。

そんな修行を終えた1年後。
再び、もといたゲストハウスに今度は正社員として迎えて頂くことができ、sakuraの社会人スタートは「ブライダル1色✨」で幕を開けました。


次回は「フルタイムの仕事と育児と、離婚に至るまで」について綴ろうと思います。
最後まで読んで下さってありがとう。
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sakura