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小説|青い鳥 - 2.VERSE

全8章で完結の甘くて切ない恋物語
青い鳥 INTRO


VERSE

第1話 現実逃避は心理テストで

 テスト期間中ほど、余計なことをしたがるのはどうしてだろう。
 例えば部屋の掃除とか。
 例えば撮りだめした写真の整理とか。
 例えば心理テストや占いとか。

「今度は直感で答えてね、直感で」

 隣の席から、クラスメイトで親友の椎名 美月しいな みづきが小声で囁いてくる。
 五時を過ぎた放課後の図書室に残っているのは、もはや私たち二人と窓際の席にいる男子生徒一人のみだった。

 早く帰って家で勉強すればいいものを、せめて数学だけはテスト範囲を復習してから帰ろうと、固く誓った数時間前のあれは何だったのだろう。
 結局、息抜きと称してやり始めた心理テストにまんまとハマるという始末。
 それでもひそひそとやり取りするこの時が、私には普段よりも何倍も楽しく感じられるのだった。

 スマホの画面をタップしながら、ぱっちり猫目を左右に動かし心理テストの内容を確認する美月。
 私はといえば、そんな美月の横顔を隣から眺めてはポーッとなっていた。

 綺麗……。

 図書室という独特な空間に舞い降りた女神の絵になること。
 見とれるほどの美貌を持つ彼女には、ハンサム美人という言葉がぴったりだろう。
 透明感のある肌に上品な目元、少しクセのある栗色の長い髪。
 落ち着いた大人っぽい雰囲気が彼女をより一層魅力的に映す。

「えっと……次の問題は四択だよ」

 髪を掻き上げ微笑みかけてくる美月に、私はハッと我に返ると、改めて真っ直ぐ彼女と向き合った。

「遊園地で彼氏と一緒に乗りたいアトラクションは?」
「ジェットコースター」

 即答する私に呆れたような顔をする美月。
 不機嫌な顔すらカッコイイとかずるい。

「あのね、詩織しおり。さっき言ったよね? この問題は四択だよって。私まだ選択肢を一つも言ってないんですけど」

 美月はまるで子どもにでも話すような口調で、一つひとつの単語をゆっくりと刻みながら語りかけてくる。

「えっ……ジェットコースターじゃダメだった?」
「ダメじゃないけど……! 一応選択肢にあるけど……!」
「じゃあ別に問題ないじゃん。言われた通り、直感で答えたわけだし」

 今度は顎に片手を当て、「確かに」と呟く彼女。

「でしょでしょ? じゃあ、結果の方を教えてくださーい」
「はぁ……結局詩織のペースか。まあいいや。えっと……ジェットコースターのあなたはっと……」
「うんうん!」

「ドキドキワクワクするような刺激的な恋を求めるタイプ。何事にも前向きな、明るくノリのいい人に魅かれるあなたには、スピード感溢れる情熱的な恋が訪れるでしょう……だって」
「おぉ……っ!」

 思わず感嘆の声を上げてしまったのは、診断結果の内容に思い当たる節があったからだ。

 そうだ。そうなのだ。
 私はトキメキが止まらない燃え上がるような恋に憧れている。
 そして何事にも前向きな、明るくノリのいい人に魅かれる傾向がある。

「へぇ……詩織のその様子だと、今回のは結構当たってた感じ?」

 美月はそう言って意地悪な笑みを向けてきた。

 心理テストや占いの結果が、全て自分に当てはまる訳ではないということは十分わかっている。
 それでもやっぱり、当たっている感じがするとテンションは上がるものだ。
 それにこうして友だちと、「当たってる」、「当たっていない」とワイワイ騒ぐ時間が私は好きだった。

「まぁ、当たってる……かな」
「……ふぅーん。詩織がドキドキワクワクするような刺激的な恋をねぇ?」
「えっ……もしかしてそんな感じ、しない?」
「うん、しない。どちらかというと、しっかりと段階を経て好きな気持ちをゆっくりと育てていく『観覧車』タイプのような」

 私ってそんな風に見えるんだ。

 美月の意外な言葉に、ぽかんと口を開け呆然としていると、「じゃあ、最後にもう一つだけ」とスマホの画面をスクロールし始める彼女。
 窓の外の景色は、もうすっかり夕暮れ色に染まっていた。

「今回もちゃんと直感で答えてね」

 念を押す彼女に「はいはい」と適当に返事する。
 美月は長い髪を耳にかけ、こちらの様子をうかがいながら画面の文字を読み上げた。

「もしタイムマシンがあって、そこから人生の続きが始められるとしたら、過去と未来どっちに行く?」
「えっ……」

 過去か――、未来か――。

 これは難しい選択だ。
 過去や未来に行くだけならまだしも、そこからが人生の続きとなれば話は別だろう。
 直感でとは言われたものの、ついいろんなことを考えてしまいそうだった私は、自然と浮かび上がってきた答えを口にした。

「過去……かな」
「……過去か」
「いや直感だよ? 直感で答えただけ」

 言い訳するように「直感」という言葉を添えると、「それで?」と美月に結果を促す。

「えっと、過去を選んだ人は……何か後悔していることがあって、できることならやり直したいと思っている人です。過去のいつに戻りたいのか、その時期にはあなたにとって何か大きな出来事があったのではないでしょうか……だって!」
「ふむ……」

 自分は一体どのタイミングに戻りたいんだろう。
 十七年の人生で、やり直したいと思うほど後悔していることなどあっただろうか。
 なんだか他人事のように思える上に、いまいちピンとこなくて「うーん」と唸る。

「まあただの心理テストだから。そんなに気にする必要ないよ、詩織。それよりもうこんな時間。そろそろ帰ろう」

 さりげなくフォローしてくれる美月に感謝しつつ時計を見れば、時刻はもうすぐ五時半だ。
 テーブルの上に広げられた教科書やノートをまとめると、カバンの中へと丁寧に入れ、帰る準備を始めた。

「あれ……?」

 その時になって初めて気づく。
 カバンの中に綺麗に並べられた教科書類。
 そこに明日のテスト勉強に必要な、日本史の資料集がなかった。

「ごめん、美月。ちょっと教室戻る」
「えっ、どうしたの?」
「忘れ物しちゃった」
「えぇー。全く詩織は……相変わらずおっちょこちょいなんだから」

 半ば苦笑しながらため息をつく美月に、こちらも乾いた笑みで返す。

「じゃあ、すぐ戻るから」

 私はそう言い残すと、二階にある教室へと向かって駆け出した。

第2話 異空間の先に差出人不明の手紙

 図書室の前にある下駄箱を通り過ぎると、階段を一段飛ばしで軽やかに上り、廊下の一番端にある教室目指して歩いていく。
 鳴り響くのは上履きの音。
 季節は徐々に炎天から切なさ滲む秋空へ。
 どこからともなく吹き上げてくる爽やかな風は、頬を優しく撫でてはどこか物悲しい気持ちにさせてくれる。

 教室は夕日で一面、薄っすらとオレンジ色に染まっていた。
 窓の外からキラキラと零れ落ちる暖かな光。
 グランドから聞こえてくる野球部やサッカー部の声がないと、なんとなくだが寂しい。
 テスト期間中で部活が禁止されていることもあり、教室に残っている生徒は誰もいなかった。

 等間隔に整列された机と椅子は、いつから使われているのか随分と使い古されており、傷や落書きも少なくはない。
 目に留まったのは、とあるクラスメイトの椅子だった。
 斜めを向いたまま出しっぱなしにされているその椅子が、どうしても放って置けなくて机の中へとそっと仕舞う。

 全く……どうなっているんだか……。

 机の中にはぐちゃぐちゃに詰め込まれたプリントの山。
 大量に積み重なったプリントの間に、明日の試験科目の教科書が紛れているのを発見すると、思わず二度見して苦笑いする。

 誰もいない教室が、こんなにも広く感じられるなんて。
 後ろから二番目、陽当たりの良い窓際のいつもの席がいつもよりも遠く感じる。
 私は自分の席まで辿り着くと、椅子を引いてしゃがみ込み、机の中へと目線を合わせるような体勢でそこを覗き込んだ。

「あったあった……」

 家に帰る前に気づいて本当に良かった。
 こんなの帰宅後に気づいたらもう絶望だ。

 教室まで戻ることになり正直面倒だなとも思っていたのだが、他の教科の勉強にも手がつけられなくなるほどのダメージが回避できただけでも幸運だろう。
 私は忘れ物の発見にホッと胸を撫で下ろすと、視線の先の教科書へとゆっくりと手を伸ばした。

 刹那――。

 鳴り響くチャイムの音。
 一斉に舞い上がる無数のシャボン玉。
 まるで水の中にでもいるかのように、目に映るもの全てが歪んでいるように見える。
 トンと胸を打つのは、得体の知れない不思議な感情。
 だけどここではないどこかにいる感覚は、一瞬のうちに終わりを告げた。

 えっ!? 今のは……何!?

 咄嗟に手に取った教科書を抱えたまま、ぺたんとその場に座り込む。
 一体何が起こったのだろう。
 急に視界が歪むだなんて、貧血にでもなったのだろうか。
 訳もわからず独り動揺していると、机の奥の方に何やら白い紙のようなものが映った。

「……ん?」

 何だろう。
 机にかじりつくようにして恐る恐る手を伸ばす。

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20,447字
安心の完結作品!ぜひ最後までお楽しみください。

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