父の手術にまつわる話〜後編〜
昨夜は私も母も疲れ果て、さすがにもう電話は来ないだろうとキツめ安定剤をキメて爆睡しました。
彼の熱は下がったのか、今日は予定通り手術が出来るのか…
そして迎えた朝。
朝も朝です、早朝よ。
間違いなく10時に来ててくれという確認の電話が来た。
30分後、同内容。
更に30分後、母の携帯に同内容。
その後、家を出たかの確認。
続いて靴下が履けないとの電話。
(多分オペ用の加圧のやつだな)
そして点滴が始まったのに母がまだ来ないと。
あたしゃあ、あまりに鳴るもんだから、昭和のオカルト産物「恐怖のリカちゃんからの電話」を思い出したよ。
でもってこちらも耐えきれず、もうさすがに着いたであろう母に電話をしたら、
「駐車場が満車なんだよ!かけてくんなよ!じじいにもそう言え!!」
と切られました。
とんだもらい事故です。
『根性わりぃ女なんだよあんちくしょう』って言うから
「自分を責めなよ。全ては結婚前に見抜けなかった貴方自身のミステイク。」
と言った。
彼はもう笑う元気もなかった。
そこからしばらく連絡が止んだので、きっと会えたんだと思うことにして、私は母に頼まれた常備薬、パブロンゴールドAを購入するついでに娘と海沿いを散策した。
家に辿り着く前に挫け、かねふくで明太おにぎりを頬張っていると、
今無事にオペ室にぶち込んだとの一報が入った。
母の話だと点滴棒を押しながら徒歩でトボトボ入室したらしい。
ま、あとはまな板の上の鯉ですな。
そんなこんなでなんとかここまで辿り着いた。だけど前日よりご披露の「不穏患者のお見本」的な行動により、彼は術後はステーション横の部屋に移動となりました。
15時過ぎでしょうか。
無事終わったので帰ると母から連絡がありました。
母の声死んでた。
ヤバかったらしい。
彼は苛立ち、偉そうに威張り散らしていると。導尿されてるのが違和感ありありで、ついでに部屋が変わったことも気に食わないらしい。
あと、入れ歯のケースがないと。
ああ…今夜の当直メンバーが不憫でならない。
ごめんなさい。ごめんなさい。
この日もキツめ安定剤で就寝した。
翌日無事に退院したとの連絡を受けたが続いて兄から、
『痛くてわめいてたみたいだ。八つ当たりして、「好きで痛くなったんじゃねえ」と大騒ぎしたらしい。』
とメールが来た。
「もうあの病院には、末代まで行けませんね。」
と返した。
今はもうウロウロしているそうです。
この話を友達にしたら、
『うちのお母さん胃カメラで死ぬ騒ぎして、自分でカメラ引っこ抜いたよ。』
って返事きた。
母ちゃんファンキー過ぎるだろwww
ちなみに私の元上司は主治医が乳癌じゃないと言ったにも関わらず、
今死ぬわけにいかないからエコーとかじゃなく、開けて目視してくれと言い続け、最終的に切らせて何ともなかった。
両者とも、こんなひと他にいませんよって言われたらしい。
他人のことだと腹を抱えて笑えるのに、身内のこととなると…
これも結局は酔っ払いにまつわる話と一緒ですね。
ではまた別の機会に。