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踵の熊

最初に気になったのはズボンの短さだった。
5メートルほど前を歩くサラリーマンらしき男性。黒いリュックを背負って駅に向かう急ぎ足。どうしてあんなツンツルテンのスーツを着ているんだろう。そんなことは別に気にならない人なんだろうなーと思った。

そのうち、ひょこひょことズボンの下から顔を出す二匹のクマさんが目についた。歩くたびに踵が靴から出る。そのたびに右、左と顔を出す。なんのことはない。靴下の踵が両方破れて生の踵が顔を出しているのだ。

すり減って穴が開くまで履き込まれた黒い靴下。いやいや、履く時に気がつかないだろうか。新しい靴下が買えないほど困っているというより、穴なんか気にならないということか。靴のサイズが合っていないことも、それはそれでいいんだろうな。

陽気に顔を出すクマさんはどんどん遠ざかる。彼は急いでいるのだ。どんな仕事をしているんだろう。身なりが整っているとは言い難いけど、その分なにか、なにか、すごい才能があったりするのかもしれない。まあ、靴下の穴を気にしないで履けるのも立派な才能かも。

人の欠点を見れば、見えていない長所を想像する。
一見完璧な人を見れば、「どこかに弱点もあるはず」と思う。

そういえば中高生のころ、「頭がいいのにそうは見えない」のと、「成績は悪いのに頭よさそうに見える」のとでは、どっちが得か…なんてことを友人と話したことがあったなぁ。そんなの、中身の方が大事だし、だからといって成績だけが全てじゃないと今なら思うけど。

そもそも「見た目通りの人」なんていない。「見た目」はその人の一部でしかないし、人によって見方も違う。

その後、踵のクマさんとは出会わない。
違う服を着て違う靴下を履いていたらもう、その人と会っていても分からない。ベランダで、穴の空いた靴下がピンチに止められて揺れているのを想像して、ちょっと和む。