しばらく走っていない
運動用ではない形の歩きやすい靴を探していたが、諦めて去年買ったスニーカーを履いて出かけるようになった。スニーカーで街を歩くのは旅行か散歩の時ぐらいだったので、なんとなく毎日が旅気分だ……なんてうまい具合には自分を騙せないのだが、まあ、歩きやすいのはよいことだ。指も足の裏も踵も痛くならず、靴の中でのびのびとしている。それでいて脚全体が疲れるのは「ちゃんと歩けている」からかもしれない。もしくは、自然と歩くスピードが上がったからだろうか。以前はただ「移動」をしていただけなんだと思う。
そんな感じで少し若ぶって歩いていたら、シャッターの下りた店の前で何やらもそもそしているおばさん(つまり同年代)が前方に見えた。リュックを背負ってかがみ込み、人を待っているのか、のたのたと捜し物をしているのか、不自然に立ち止まっている。
その人が、次に見た時にはダッシュで走って来た。必死の形相でこっちに向かって来る。な、な、なに。電車の時間に間に合わないとか? あんなにのんびりしていたのに?
思いがけない速度でハアハアと走ってきたその人は、ちょうど私の横を通り過ぎようとしていた男性に手を伸ばしながら、
「て、て、てーきおとしましたよ!」と言った。
若い男性だったが、彼は定期を落としたことさえ気づいていなかったわけで、あっと驚き、無意味にポケットを触ったりしながら「ありがとうございます!」と感謝しそうなものだが、一言「あ、どうも」と受け取った。それでも女の人は満足そうだった。
それにしても、第一印象と違って女性の走りは力強かった。足元はスニーカーだった。そうか、私も運動靴を履いているんだから試しに走ってみようかな。明日。いや、明後日。