前触れ
何の変哲もない日々を、ただ淡々と送る。そんな日々が続くと思っていた大学二年の初夏のあの日に戻れたら、別の選択肢を選んでいただろうか。いや、きっと選択は変わらない。そんな事を考えながらアルバムを静かに閉じて、私、藍川蓮は身支度を始めた。
高校生活の三年間が楽しくなかった、と言ったら嘘になるけれど楽な日々では無かった。部活が忙しいのにも関わらず、学校からの課題は多く、赤点を取ろうものなら顧問にいじられる。毎日生き延びる事に精一杯で恋愛なんてする余裕は無かった。
「今まで彼氏、いた事ないの?」
嫌になるほど聞かれたし答えた質問。二十年近く生きていて恋愛経験が無い、ということがそんなに特殊なのだろうか。プライベートな話だし、興味が無いんだから仕方ないだろう。部活の同期に会うと今でもその話になる。
そういえば、いつも避けているように、ある話はしない。行方不明になってしまったと言われている同級生の話だ。私はその人のことを知らない、知っていたとしても嫌いだったに違いない。だって、写真を一緒に撮ったこともないし、その人の事は記憶に全くないからだ。
なんて言うと同期達は皆、渋い顔をして何かを言い淀む。誰かから貰った好きな作家の本を手にして、家を出た。