32.失ったチャンス

嘔吐の後始末をして、布団に横になりましたが一睡もできないまま朝を迎えました。

壁に寄りかかり、カーテンの隙間がだんだんと明るくなるのを眺めていると

生きてる意味あるのかな…

ふとそう思いました。
そして『意味はない』という理由ばかりが次々に頭に浮かんできました。

立ち上がることすら面倒で、私は四つん這いでクローゼットまで行き立膝になり扉を開けました。
そしてクローゼットの奥にしまい込んだカバンから1冊の本を取り出しました。

高校生の頃に購入し、いざという時のお守りとして度重なる引っ越しでも一緒に移動してきた「完全自殺マニュアル」という本でした。

これを読み、頭の中でシュミレーションし「逝きたいときはいつでも逝ける」と思うことで逆に決行を先延ばしにできた本でした。
付箋をつけたページを開き、これからするべきことを確認しました。

この本の中で一番手っ取り早くて、痛みも一瞬で済むのは高いところからのダイブだと思い、自分が決行するとしたらこれしかないとシュミレーションをする度に思っていました。

そしてダイブする時は、できるだけ事故に見せかけるようにしようと思っていました。
その方が両親や周囲の人が、私の死に対して責任を感じることが少なくて済むと思ったからです。

でも正直、もうそんなことはどうでもよくなっていました。

お父さん、お母さん、私みたいなのが産まれてきてごめんなさい。
お父さんもお母さんも悪くありません。
病院代も食費もいっぱい遣ってごめんなさい。
これ以上生きないのが、私ができる唯一の親孝行です。
今までありがとうございました。

便箋用紙にそれだけ書き、通帳と印鑑と一緒にテーブルの上に置きました。

私の過食嘔吐は夜に行われることが多く、また夜がきたら過食嘔吐に気持ちが向いてしまう気がして、鍵と携帯、そしてすぐに身元がわかるように免許証が入ったままの財布を持ち、夜が来る前にダイブしようと思い外に出ました。

時間は朝の通勤時間帯でした。
自分が必要とされる場所、自分が行かなければいけない場所へ向かう人達の歩く速度は速く、誰もが明日へ繋がる今日一日のスタートを切っていました。
そんな朝の風景の中で、私ひとりだけが浮いているのを感じました。

大人の言いつけを守り、勉強に励み、真面目な子どもだった私の何がいけなかったのか
なぜ摂食障害なんかになってしまったのか
なぜあの男は私に目をつけたのか
なぜあの時、私は抵抗できなかったのか
なぜあの時、私は自分自身を見殺しにしたのか
なぜ私はこの道行く人達と同じにように生きられなかったのか

そんなことが脳内を渦巻き始めると、耳の奥でぐわんぐわんと大きな音が鳴りだしました。
そして地面がぐらぐらと揺れたかのような眩暈がして、急激な吐き気と頭痛を感じて私は目を閉じ耳を塞いでその場にうずくまりました。
そしてそのまま意識を失ってしまいました。








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