「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第十話 私達は、運命という龍に選ばれここに来た
私達は、運命という龍に選ばれここに来た
その夜、私は寝所でふかふかの絹の布団に正座し、家定様を待った。
胸のドキドキ鳴る音が聞こえそうなほど、緊張していた。部屋に入ってきた家定様はいつものように無表情だった。家定様も私と同じように布団に座ったが私と目を合わせない。それでも私は思い切って口を開いた。
「今日、お母さまの本寿院様にご挨拶してまいりました」
「ふん」家定様は、あごを上げ見下ろすように私の方を見た。
「御台はあの母をどう思った?」
「正直に申しても、よろしいですか?」
「構わぬ、申してみよ」
「上様には大変失礼ですが、冷たい方のようにお見受けしました。
上様に愛情はあるかと思いますが、今日のお話ではそれを感じられませんでした。どちらかというと・・・・・・」
「どちらかというと、何じゃ?」
「乳母の歌橋の方が、上様のことをよくご存じの気がいたしました。
上様がとても内気だったけど、利発だったこと。鳥がすきなこと。
すべて彼女から聞きました。
歌橋は、よく上様のことを見ておられますね」
家定様は黙りこんでしまった。
私は何か地雷踏んだのか、と思い黙った。
重たい沈黙が二人を包み、支配した。
家定様が何か気に障ることがあれば、言ってくれればいいのに、そう思った私は自分から口を開かないことにした。
それは後で振り返ると、ほんのわずかな時間だったかもしれない。
けれど緊張感がヒシヒシ漂う沈黙は、底なし沼のように私達をとらえ、逃れられないような気持にさせた。
やがて家定様は大きなため息をついた。
「御台・・・・・・」
「はい」
「本寿院様は、私の母上ではない」
「えっ?!まさか、そのような!
上様の本当の母上は、他の側室様だったのですか?」
私は木づちで頭を打たれたように、クルクルしてきた。
な・・・何、この展開?!と思わず叫びそうになり袂を握り締めた。
ところが、さらに衝撃的な言葉が家定様から出た。
「御台、一度しか言わぬ。私は家定様ではない」
今度こそ、頭がスパークし真っ白になった。
あまりのショックに座ったまま、後ろに倒れそうになる自分を必死に抑えたが無理だった。私の体はゆっくり布団に崩れ落ちそうになったその時、家定様が細い腕で私を受け止めた。
「上様、たちの悪い冗談でございます。そのような冗談、ビックリするではありませんか」
私は言葉に出しながら、無理に笑おうとした。けれど家定様の目は真剣だった。まるで救いを求めるかのようにじっと私を見つめていた。
「冗談などではない。いや、冗談であればよい、と私はどれだけ望んだことか。私が家定様でないことを知っているのは、本寿院様と歌橋だけじゃ」
「上様、それは一体どういうことでございますか?」
「本寿院様はたしかに家定様をお生みになった。 が、その赤子は生まれてすぐに亡くなった。
焦った本寿院様は、そのことを内密にしたまま歌橋に赤子を用意するように命じた。
それで連れてこられたのが、私だ」
「でしたら、上様の本当の母上は・・・・・・」
言いかけてハッ、とした。
乳母とは、乳の出るもの。
同じような時期に子を産み、乳のでるものを乳母にする。
「まさか、上様の本当の母上は・・・・・・」
「そうだ。歌橋こそ私を産んだ本当の母親だ」
あまりのショックに身体中から力が抜け、卒倒しそうだった。
けれど私の体は家定様がしっかり支えていた。
「本寿院様の陰謀で、赤子の私と亡くなった家定様は入れ替えられた。
このことはあの二人以外誰も知らぬ」
「上様は、いつそれを知ったのですか?」
「何者かに毒殺され、あと少しで命を奪われそうになりながら助かった時じゃ。あまりにも本寿院様が冷たく、母親としての愛を感じられなかったから問うたところ、この事実を言われた。
私のおかげで、お前は将軍になれた、恩に着ろ、と。
それですべてがわかった。
どうして歌橋があのように親身に私の面倒を見て、愛してくれたのか。
どうして自分が、歌橋だけになついたのか。
実の母親だったからだ。
だが私は母を憎む。
私をこのような場所に連れてきて、自由に生きることを葬り去った母が憎い。将軍になど、なりたくなかった。
私は、本当は将軍ではない。
だが誰にそのようなことを言えようか。
ずっとこの秘密を抱え、生き続けて来た。
苦しくてたまらない。
早く死んでしまいたい。
それだけを祈り願って生きてきた」
家定様は私を抱きしめたまま、涙を流した。
それは絶望の中で救いを求める人のようだった。
この江戸城で自分が身代わりだと知った家定様は、それからずっと絶望の中で生きてきたのだ。
私は家定様の背中を手を伸ばし、しっかり抱きしめた。
「よくぞ、ここまで耐えてこられましたね。
とても、おつらかったでしょう。
よく、生きておられました。
ありがとうございます」
なぜだかわからないけれど、ふと口から「ありがとうございます」という言葉が漏れた。
「私は生きてきて、よかったのか?」
「はい、私の為に生きていてもらえて、よかったのです」
「なぜじゃ」
「私は江戸に来る前、一瞬ですが未来を見ました」
「未来?」
「はい。私は誰か男の人の背中を抱きしめておりました。
それが誰かはわかりませんでした。
けれど今はっきりわかりました。それは、上様でした」
「偽物だけどな」
「いえ、上様」
私は上様の顔をしっかりと見つめた。
「上様こそが、家定様です。
血筋はちがいますが、徳川の綿々と続く流れは上様に託されたのです。
そうでなければ、家慶様の二十七名おられたお子がどなたか生き延び、徳川を継いだことでしょう。
けれど上様だけが生き残ったのです。
上様だけが将軍になれよ、という天命を受けたのです。
私も同じです。
島津の分家の娘が上様の御台になるなど、あり得ない事です。
それも天命だと受け取りました。
上様、このように考えてみませんか?
私達は生まれた場所ではできない何か大きなお役目があり、ここに運ばれてきたのだ、と。
きっと、そうです。
そうでなければ、私も自分がここにいる意味がわかりません。
私達は、運命という龍に選ばれてここに来たのです。
そしてようやく会えたのです」
「私が・・・選らばれた・・・?」
「そうです。上様は龍に選ばれたのです。
龍は強いものを好みます。
ですからきっと本当は、上様はお強い方なのです」
「そうじゃ。私は自分が身代わりだと知って、怖くてたまらなかった。
もしばれたら殺されると思い、わざと愚鈍のフリをしていた。
阿呆のフリをして、政の一切は老中の阿部正弘にまかせておった。
逃げたかったのだ。偽物の自分がいるこの現実から」
「そうですよね。そう思って当然です。
でも上様は生き延びてこられました。
龍に選ばれた方は、運が強いのです。
ですからあなた様こそが、本当の家定様です。
龍はあなた様を選んだのです。
どうぞ、自信を持って下さいませ。」
「御台、私はお前の義父が勧める一橋慶喜に後を引き継がぬ。
それでも、私を家定と認めてくれるか?」
「もちろんです。
上様が、このように長い間一人で抱えていた秘密を、私に話して下さってとてもうれしいです。
でも、どうして私にお話して下さるお気持ちになったのですか?」
「それは昨日、御台が言ったからだ。自分に何かできることはないか、と。
私はこの秘密を自分一人で抱え続けるのに、もう疲れた。
とっととあの世に行ってしまいたい、と思っていた。
先の二人の御台とも、心を通わすこともなかった。
お志賀にも、このような話しはしておらぬ。
誰にも言えず、本当に苦しかったのだ」
「上様、私も今日から同じ重みを一緒に抱えます。
私も決して誰にも話しません。
重たい荷物も二人で分かち合えば、半分になります。
それが夫婦というものではありませんか」
「そうか。そうだな」
家定様は、私の手を取って言った。
「私は身体があまり強くない。男として睦むことも少ない。だがそれでも良いか?」
「はい。私は今日、上様と心が通じ合えた気がします。それだけで、とてもうれしいです」
私と家定様はその夜、手をつないで寝た。
家定様はしっかり私の手を握り締めていた。それはまるで長い間母親を探し求めていた子供が母を見つけ、その手を握りしめているようだった。
その夜、私は夢を見た。
青い服を着た幼い男子と赤い服を着た幼い女子を背に乗せて、龍が空を飛んでいる。
二人は龍に振り落とされないように、しっかりと手を握り合っていた。
ソウルメイト・ドラゴン
どこかでそんな声が聞こえた。
それはきっと私と家定様だ。
龍の背に揺られながら、私も穏やかな眠りに引き込まれた。
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運命を開き、天命を叶えるガイドブック
あなたは、どんな龍に乗っていると思いますか?
人にいろんな性格があるように、龍にもいろんな気質があります。
あなたが乗る龍は、どんな流れを選ぶのでしょう?
あなたも龍に乗っていますよ。
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