レディー・ドラゴン セックスレスな妻たちへ
セカンドバージンの女・・・~レディー・ドラゴン⑮~
彼の言葉に、今度も璃宇は
「えっ~~~!」と大声で叫び、椅子から立ち上がりたかったが、かろうじてこらえた。
今度の「え」は、マンガやアニメで見るように大きく書いた「え」の字に、氷が張り付いた「え」だ。
夫は期待を込めた子犬のような目で、璃宇を見ている。
こんな時によくそんな気になるもんだ、と璃宇は男の生理が理解できない。
それでも、これはチャンスなのかピンチなのか、とパチパチッと音を立て、頭の中で女のそろばんが弾かれる。
今の璃宇の目標、つまり夫以外の他の男とセックスするには、心も体も準備が必要だ。
いきなりベッドインのチャンスが来ても、怖気づいてしまいそうだ。
だったら夫が与えてくれたこのチャンスを生かした方がいい、という結論をそろばんが弾く。
「え~い!ままよ!!リハーサルだわ!」
璃宇は腹をくくると、笑顔で夫の手を握り返した。
彼は璃宇の手を引き、キッチンをそのままにしてベッドルームに向かう。
夫とセックスするなんて十年ぶりだ、と璃宇はドキドキを通り越し、緊張で体が硬くなるのがわかった。
夫はさっさと服を脱ぎ自分のベッドに入ったが、璃宇は手が震え、服を脱ぐのも手間取った。
こんなにも長い間、セックスしていないことをセカンドバージンて言うんじゃないの?
あそこに蜘蛛の巣、張ってない?!と自分で突っ込みながら、スカートを脱ぐ。そして今日に限ってレースの美しいランジェリーを身に着けていない事に気づく。色あせたブラジャーと少しゴムのゆるんだパンティーだったが仕方ない。どうせ夫だ、と両手でニットをひっぱり上げ、下着姿になった。体重が少し減っていたのがわずかな救いだ。下着姿になると夫が片手で広げた布団の中に滑り込んだ。
璃宇が入ってくるやいなや、彼は璃宇を抱きしめキスをした。
キスも久しぶりだ、と舌を絡めながら璃宇は思う。
夫の唇が璃宇の耳から首元に移動すると、璃宇は自分の中心がじんわり潤んでくるのがわかる。
夫の手が璃宇の背中にまわりブラジャーのホックを外すと、弾力のある乳房が飛び出る。
彼が熱い手で乳房を揉みながら、片方の乳首を口にくわえると
「あっ・・・・・・」
と思わず甘い吐息がもれた。璃宇は自分の中にまだ甘い声を出す機械が残っていたことに、驚く。
夫の舌が、璃宇の乳首を縦横無尽に転がす。
「あっーーー」
抑えようと思っても、声が大きくなる。
固く目を閉じていたが、下半身からたらり、と蜜がにじみ出てくるのがわかった。
その時、乳首はあたたかくなったまま、舌の動きが止まった。
引き換えに寝息が聞こえた。
夢から醒めたように璃宇が目を開くと、夫は璃宇の乳首をくわえたまま、眠っていた。
その姿を見ると、無性に腹が立った。
せっかく心も体もその気になったのに、夫は自分だけ抱えていた秘密をさらけ出し、安心してお酒がまわり眠くなったに違いない。
夫は璃宇の乳房から体を離すと背中を向け、グーグーいびきをかき始めた。
赤い顔で眠っている夫のまぬけ面を見て、熱を帯びていた璃宇の心と体が一気に醒めた。
璃宇は体を起こし、毛布にくるまった。
期待した分、失望と屈辱が雪崩のように璃宇を襲う。
夫は何一つ昔と変わっていない、自分勝手で独りよがりのままだった。
勇気をふりしぼり自分からベッドに入ったのに拒否され、「商売女」と呼ばれたあのショックを再び蘇り、璃宇の胸はキリキリ痛む。
にじみ出た蜜は、すっかり渇いていた。
心も体もひんやりしたまま、裸の上に裏起毛のスウェットのワンピースをまといキッチンに戻る。
リビングのテーブルに残った汚れたお皿やグラスは、宴の後の残骸のようだ。
シンクに食器を運んだ璃宇は、盛大にお湯を出し食器を洗い始める。
ビールを飲んだグラスを手に取った時、一瞬手がすべりグラスが床に落ち、音を立てて割れた。
子供達が結婚記念日にプレゼントしてくれたお気に入りのビアグラスだった。
「あっ、もう!」
イラッと舌打ちをした璃宇はスポンジを投げ捨てる。
「もう、もう!もう!!」
誰に言っているのかわからないが、言わずにいられない。
その時
「結局、あんたセカンドバージンじゃん!」
と声がした。
「えっ?!」
璃宇は思わずあたりを見渡す。
この声の主は聞き覚えがある。
私の子宮だ!と思わず、首を下げお腹をのぞきこむ。
自分の子宮がモノ申していることに気づくが、以前のように怖気づかない。
「そうよ!私はまだセカンドバージンだけど、何か?」
と挑戦的に言い返す。
「悪くないけど、セカンドバージンを卒業したいんでしょう?
いい妻、物わかりのいい嫁してても仕方ない、とわかったでしょう?」
「ええ、よくわかった。
だから、もう少しダイエットする。
この悔しさをバネに、もっとスマートになって綺麗になってやる!!」
「あ~ら、これからの生活はどうするの?」
痛い所を衝かれ、うっ・・・と璃宇は口ごもる。
しかしすぐに切り替え、言い返す。
「私がもっと働いて稼げばいいのよ!
あの人なんてもう当てにしないわ!」
そう叫んだ時、今まであてにしていたATMが消え、目の前のもやが晴れた。
璃宇は気づいた。
夫なんてもう当てにしない。自分に経済力をつけ、自分自身がATMになれば今よりずっと楽に生きられる。彼は彼ですきにすればいい。私も私ですきにする。
私の子宮に従うわ。
璃宇は自分の子宮に宣言した。
「セカンドバージン、卒業する」
カチャリ、と音がして心の留め金が外れた。
璃宇は目の前に現れたドアにゆっくり手を伸ばす。
「行こう!この先へ。」
璃宇は一歩大きく踏み出した。
夜のキッチンで璃宇の自立への道がスタートした。
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