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レディー・ドラゴン セックスレスな妻たちへ

思い出したんでしょう? あの時の、快感・・・~レディー・ドラゴン②~

璃宇はネットで見つけた5人の女性の小説を、むさぼるように読んだ。

悲劇の女性、としてドラマや映画に描かれているお市の方が、平気でsexフレンドを作っていることにビックリした

その娘の茶々が、子ども得る事だけが目的のsexにおののき、彼女の愛に仰天した。

女性として最高位につきながら、生涯、誰にも抱かれることのなかった寧々に涙した。

自由奔放に見える千姫の、自分で選んだ生き方と愛に感動した。

そして、ここよりどこか、は自分で選べよ、と言った篤姫に心を揺さぶられた。

夢中になり一気に全話を読み終えた時、どこからか
「カラッカラよ、あんた」
という声が聞こえた。
璃宇の体はビクン、と震え、急いで周りを見回す。女の声だった。すぐ耳元で囁かれたように、ハッキリ聞こえた。
そんなことにも、気づかないの?
とあざけりをにじませ、上から見下ろした口調だった。

静まり返ったリビングで何度も周りを見渡す。けれど冷たい夜更けのリビングにいたのは、璃宇ただ一人だ。夫はもう眠っている。怖さをかき消すように
「誰の声? それとも気のせい?
こんな小説なんか、読むからだわ」
と両手をクロスし自分の体を抱きかかえ、わざと声に出して言った。そして乱暴にノートパソコンの蓋を閉じ、電源を切った。

その時、また璃宇の耳もとで声がした。
「あ~ら、また逃げるつもり?
そうやって逃げ続けて、こうなったんじゃないの?」
「えっ?!」
今度こそ璃宇は金縛りに遭ったように、その場でフリーズし動けなくなった。
ありったけの勇気をふりしぼり、震える声で言った。
「あ、あなた、誰?」
答えは返ってこない。
昔は子供の声で溢れていた家族団らんの場所が、今はシーン、と静まり返っている。
テーブルの上に飾られたフラワーアレンジメントの花達が寂しく佇む。
それを見た璃宇は、まるで自分のようだ、と震えながら思った。

夫はテーブルの上に花があろうとなかろうと、何も気にしない。
璃宇がフラワーアレンジメントの講師の仕事をする、と伝えた時も「家のことも、きちんとするなら」という条件で夫は認めた。
彼は璃宇が思い切って赤いジャケットを買い、赤いフラワープリントのスカートとコーディネイトしたおしゃれをしていても、何も言わない。
レッスンの生徒達は口々に、素敵だ、と褒めてくれたのに。
肩までの長い髪を顎のラインまで短くし、軽やかなヘアスタイルにしても、夫は気づかない。
細い七号サイズの璃宇をすきだった夫は、十三号になった自分をもう女として見ないんだ、と心に風が吹くように虚しく思った。
夫婦になって二十五年も経つし、しかたない、と璃宇は自分に言い聞かせる。

ならせめて仕事の話でも・・・・・・ とレッスンでうまく集客できないことや、生徒同士のいざこざがあり困ったことを、夫に話す。
すると彼は
「まぁ、趣味の延長だから、そんなに必死にしなくてもいいじゃないか」
と、のんびり的外れな返事をする。
その答えに璃宇はイラッ、とし
「そんなことを言って欲しいんじゃない!
どうして、わからないの? 」
と叫びたくなる気持ちを両手で握り締め、ぐっと抑える。
不満や正直な気持ちを口に出すと、言い争いになりそうだから、無理やり喉に押し込めた。夫は何もなかったようにテレビの方を向き、左手に持ったスマホに目を落す。
二人の会話は途切れ、テレビから流れるお笑い芸人のけたたましい声だけが、リビングに響く。
璃宇は夫の背中を、自分を見ず聞いて欲しい話も聞かない見知らぬ男のように冷たく見つめる。
そして答えてほしいことに応えてくれないのはセックスと同じだ、と悲しく思った。
そして今回もその気づきを口に出さず胸の奥にしまい込み、鍵をかける。争うよりあきらめる方がずっと楽なことを、璃宇は知っていた。

その時、テーブルに飾られていた花はこっくりしたボルドー色の薔薇とイザベラという八重咲のユリ、それにシックな紅茶色のカーネーションをグリーンが囲むアレンジメントだった。

その日レッスンを終えた生徒達は、みな嬉しそうに自分の作ったアレンジメントを大切そうに袋に入れ、持ち帰った。
中には「主人がいつも楽しみにしているんです」と幸せそうに笑う三十二歳の主婦もいた。
「先生のだんな様は幸せですね、いつもきれいな花に囲まれて」と屈託なく言う生徒もいる。なんの悪気もなく放たれる彼女達の言葉は、ガラスの破片のように璃宇の胸に突き刺さった。


レッスン日の前日、いつものようにたくさんの季節の花達を前にした璃宇は、アレンジメントを考えたことを思い出す。

花屋で選び持ち帰った色とりどりの美しい花々は、甘い香りを放つ。花達は遊郭でしなを作って色目を送る、艶やかな女のようだ。
見て、見て、私、綺麗でしょう?
ほらほら、私を選んでごらんなさいよ、とでも言うように、競って璃宇を誘惑し挑発する。

その日、璃宇が一番惹きつけられたのが、幾重ものひだが広がるピンク色の花びらを持つ百合のイザベラだった。
花弁が男を受け入れるために広がった、みだらなヴァギナのように見える。エロティックな妄想に、キュンと子宮が震えた。

突然璃宇は、自分は心と体を満たす為に花を飾っているのかもしれない、と悟った。
子供から手が離れると、英会話やお菓子作り、カルトナージュなど、いくつも習い事をした。その中で一番熱心に取り組み、最後まで残ったのがフラワーアレンジメントだった。
何かを埋めるように花に夢中になったのは、夫に抱かれなくなった心と体を埋めるためだったかもしれない、と気づく。

イザベラのピンク色の花びらを見ていると、体の奥からじんわり情欲がにじみ出て、久しぶりにムラムラした。ベッドに入ったが体が火照り、なかなか眠れない。
いっそ隣のベットで眠る夫のもとに忍び込もうか、とも考えた。
けれど彼に軽蔑され、拒否されるのが怖くて押し留まる。
もし素直に夫のベッドに入ることができたら、セックスレスの期間が、十年以上あくことはなかっただろう、と思った。
夫はすぐそばにいるが、璃宇は自分が遠く離れた場所から眠っている彼の背中を見ている気がした。布団の中で、息をひそめたまま体を丸める。それでも体の火照りは収まらない。
水を吸い、しっとり濡れそぼった花弁が頭に残り、璃宇を濡らす。
首を伸ばし、イビキをかき眠っている夫を確認すると、くるりと彼に背中を向けた。
そしてゆっくり自分の下半身に右手を伸ばし、パジャマと下着をかいくぐり、自分のヴァギナに触れた。そこは花びらと同じように、しっとり潤んでいた。
璃宇の人差し指は、花弁をかき分け円を描くようにゆっくり動く。
やがて水を生み出す気持ちのいい泉に、指が到達した。泉の中央にそっと指を差し込む。
「あっ」
小さく声がもれ、あわてて左手で口をふさぐ。
その時、ビクン、と魚のようにお腹が動き、お尻が浮き上がった。
これまで夫とのセックスで感じたこともない快感が、頭の先から爪先まで貫く。
固く閉じた目の奥で、稲妻のように一筋の光がスパークし、弾ける。強く下唇を噛みしめたが、声にならない吐息が喉から漏れた。光が消えた後も、快感の波が収まるまで璃宇はしばらく動けなかった。

これがオーガズムかもしれない、と穏やかな波に包まれ、足の先までしびれたエクスタシーにうつらうつら浸る。だが、それも一瞬のことだった。
うーん、と寝息を立て、自分の方に向いた夫の寝顔を目にしたとたん、罪悪感に襲われた。
気持ちよさは消え、何ということをしたんだろう、という恐ろしさだけが残った。
急いで起き上がり、忍び足で風呂場に走る。そしてシャワーをひねり、熱い湯を浴びた。
快感を得るために使った人差し指と下半身を水で叩くように流し、体の記憶も洗い流す。
とんでもないことをした、と璃宇は混乱する。
いけない、こんな快感を覚えたらずっと自分でやってしまう、そこに行ってはいけない、と諫めるように自分に言い聞かせた。
パトカーの赤いサイレンのように、デンジャー、デンジャー、と警告音が璃宇の頭に鳴り響いた。
それは璃宇にとって「いけない秘め事」で、一度きりの体験だった。

女の声で、突然封印した記憶がよみがえった。すると
「思い出したんでしょう? あの時の、快感・・・・・・ 」
とまた声がする。さっきと同じ声だ。
スマホを握り締め、璃宇はあたりを見回すと、目の前に人影が見えた。女のようだ。

「あ・・・、あなたは誰?
どこから来たの?
何か知っているの?」
璃宇は震える声で、目の前にいる女に聞いた。



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