「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第一話 天命を載せたドラゴン
「お前が男だったら、よかったのに・・・」
生まれてからずっと耳にタコができるほど、ため息と一緒につぶやく父の言葉を聞いてきた。兄と喧嘩をして彼を泣かせた後、
それを聞くたびに
「ほんと、そう!!」
と、私も強く拳を握り締めうなずいた。
私が生まれたのは、天保六年。
徳川様の治める時代だけど、異国の船がやってきたり、島原では大規模な百姓一揆が起こったり、と新しい時代の波がやってきているのを肌で感じた。
三人の兄上達は、学問や剣術を学び「来るべき新時代に向けて!」と意欲的だった。兄上の仲間や友人達も、みなピチピチ飛び跳ねるような若さと元気で、この国の未来を真剣に論じていた。
なのに、女に生まれてつまら~ん!!私は足をバタバタさせた。
そんな鬱屈した思いを抱え、私は針の稽古をさせられていた。
「於一(おいち)様、お手が止まっておりまする!!」
乳母にパチン!と手を叩かれた。
「痛ったぁ~い!」
苦手な裁縫で、針がチクリと人差し指を刺した。
ぽつん、と刺しただけなのに、みるみる赤い血が流れ出すから思わず口に含んだ。
「また、そのような行儀の悪いことを!!」
乳母は眉を大きくへの字に上げ、口をゆがめた。
「大っ嫌い!お裁縫なんて!
私もお兄様達のように学問や剣術を学びたい!
どうして、女はお裁縫や行儀作法ばかりやらされるの?
こんなのつまんない。
楽しくもなんともない!」
私は縫いかけていた浴衣を放り投げ、叫んだ。
乳母ははぁ~、と大きくため息をついた。
「於一様は、女です。
女はどこかの殿方様のところに嫁がなければなりませね。
今泉家は分家ではございますが、薩摩藩主島津家のご一門、その長女である於一様は、それなりの格式ある家に嫁がれます。
その時に裁縫ができていなければ、この今泉の家が恥をかきまする」
ふん、と思い切り頭を右にまわした。
「裁縫で家が恥をかくくらいなら、そんな家に輿入れなどしたくないわっ!
もういいっ!!」
乳母を無視し、私は立ちあがり部屋から脱出した。
「於一様~~~!」
私の名を呼ぶ悲痛な乳母の声は、何の罪悪感ももたらさない。
私は走りながら、天に問うた。
どうして、女、というだけで生き方を決められなければならない?
そうして、女、というだけで自分の夢をあきらめ、嫁に行かねばならない?
走りすぎて息が切れた。立ち止まると、足元の石ころを右足で蹴とばした。
「あ~、むしゃくしゃする!」
理不尽な思いを声に出ると、少しスッキリした。
私はゆっくり歩き始めた。目の前に手を広げたように海が広がり、ほっこりそびえる桜島が見えた。
私も兄上達と同じように、瞳をキラキラさせながら未来の可能性を夢見たい。嫁に行って家に閉じ込められるより、もっと何か大きなことをしたい。
大きなこととは、具体的に今は何かわからないけど!
十七歳は、嫁入りには遅い年かもしれない。
父上も母上も、やんちゃな私の嫁入り先を探すのに苦労している。
実際、これまでもいくつか結婚の話はあったが、私が見向きもしなかった事と、父上が私を離したくなかったから、うまくいかなっただけだ。
私は手がかかる娘だが、女にしておくにはもったいない未来の可能性をたくさん秘めているから、追い出すように嫁がせるわけにはいかない。
「あ~、もったいない!」
また本音を吐いてみた。
ほんと、もったいない。
私、やる気もあるし、根性もあるはず。
美人ではないが目鼻立ちはしっかりし、性格はサバサバし健康よ。
たぶん、スタイルも悪くはない。
何より、有り余るほど身体の内側から湧き出るパワーがある。
だたこのパワーをどう使えばいいのか、わからない。
わからないから、イライラする。
でも、このまま一生を終えるのはいやだ。
このパワーを持て余したまま、嫁に行って閉じ込められたくない!
そんなのおかしい!
そんなのナンセンス!!
私に何かやらせろ!
改革だ!
レボリューション!!
私は対岸にある目の前の桜島に向かって叫んだ。
そして口にしたことでハッキリわかった。
私が望むのは、退屈な毎日からのレボリューション!
朝目覚めた時に、世界がくるり!と一変しているような出来事。
私の天命は何だ?
私の運命を変える天命をつかみ、私は私の世界を変えたい。
そこで私は生き生きと自分の人生を切り開き、堂々と生きている。
そんな世界に行きたい。生きたい。
そこまで両肩に力を入れ、こぶしを握り締めたがはた、立ち止まった。
だけどこの薩摩で私に何ができるんだろう?
私は汗のように出てきた自分の弱気を払うように、頭をぶんぶん振った。
それでも私はあきらめたくない!レボリューションを起こしたい!
そう息巻いていたら、道の向こうから乳母が走ってきた。
「於・一・さまぁ~~~!」
おいおい、また裁縫かよ?!ご勘弁を・・・・・
背中を向け逃げ出そうとした時、両脇をがしり、と家来達に挟まれた。
「な、なにごと?」
「いえ、こうしませんと、於一様は逃げだしそうな勢いでしたので・・・・・」
家来達は冷や汗をかき、ズルズルと私を父上のところに運んだ。
家まで連れて帰られ、父上の部屋に行くと畳の上で父上は腕を組み目をつむっていた。すぐそばに母上も控えていた。
二人の様子を見て、私はピンと来た。
は、は~ん、これはまた嫁入りの話がきたな。
私は前のめりになり目を大きく見開き、断固拒否する姿勢を取った。
父上はふぅ、と大きなため息をついた。
「於一、そなたに島津家本家の薩摩藩主島津斉彬様のところに養女に行ってほしい」
なんですと?!
私は一瞬、ぽかんとし、あの字に口を開いた。
「これ、みっともない」母上が小さく叫んだ。
慌てて口を閉じたが、何を言われたのかすぐ理解できなかった。
藩主の島津斉彬様はずいぶん年の離れた私の従兄だけど、うちは島津ご一門の分家で、島津斉彬様の家臣だ。
その家臣の娘が藩主の養女とは、いったいどういうこと?
頭がくるくるしてきた。
「父上、それはどういうことでしょうか?」
父上はまた大きくため息をついた。
「斉彬様はそなたを、江戸におわせられる第十三代将軍の徳川家定様のご正室に、と望んでおられる。有り余る光栄だ。謹んで受け取るように」
一瞬頭がスパークして、火花が飛び散った。
はぁ?何をおっしゃいました?
この私が、江戸にいる将軍の妻に嫁入り?!
この薩摩から?!
私の運命を一変させた思いがけないレボリューションは、こうして幕を開いた。
天命を載せたドラゴンが降りてきた瞬間だった。
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