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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第二十八話 お金に復讐される

お金に復讐される

「私、天樹院様さえよろしければ大奥に戻らず、ずっとこちらに住みたいです」

生まれたばかりの赤ん坊は長松と名付けられた。長松を抱っこした夏殿が私に懇願した。私はおやっ、と彼女の顔を見た。夏殿が言うには、窮屈な大奥での暮らしより、ここでの自由で息のしやすい生活が自分のためにも子供のためにいいのでぜひに、との事だった。私は夏から赤ん坊を受け取り、抱っこした。

ふっくらした頬をもつ赤ん坊は、お乳を飲み終え満足そうに眠っていた。私は失った幸千代を思い出した。幸千代は三歳でこの世を去ったが、この子は成長し徳川を支えて欲しい、と思った。

私は夏殿の顔を見た。

「ええ。一緒に暮らしましょう」

硬い表情で私を見ていた夏殿の顔がゆるみ、泣きそうな笑顔になった。私は赤ん坊を夏殿の腕に返し、微笑み返した。

こうして夏殿は元気な男の子を出産した後も、親子共々、私達と一緒にこの竹橋御殿に住むことになった
長松の乳母は、私が七歳で大阪城に輿入れした時、私の遊び相手としてずっと共に育った松坂局を任命した。
もともと賢かった彼女は刑部卿局の薫陶を受け、知識も知恵もある女性に成長した。夏殿との相性も良く、夏殿も安心し長松を託してくれた。
私は春日局にもきちんと夏殿親子と一緒に住み続け乳母を松坂局にする話をし筋を通した。
長松は自身が将軍になることはなかったけど、後に長男が六代将軍徳川家宣になったわ。

夏殿と長松と一緒に暮らし始めてからというもの、これまで平均年齢が高く静かだった竹橋御殿は一挙に若返り、長松の泣き声や笑い声が響く賑やかなお屋敷になった。
その明るいオーラに惹かれ、家光もたびたび屋敷を訪れるようになったわ。
家光と顔を合わすことも多くなり、彼はそのたび私に色んな相談をしてくるので話しを聞いたり、客観的立場からアドバイスをするようになった。
それは家光だけでなく春日局もそうだった。
女性ばかりの大奥をまとめる難しさや愚痴やたまったうっぷんをここで晴らし、スッキリした顔で帰って行った。

物事は渦中にいる時は全貌が見えない。
一歩引いた立場から見聞きするからこそ、全貌が見えてくる。
それに対し、私は彼らの立場からできることをアドバイスするだけ。
いわばカウンセラーのような役割をしていた。
しかも私はそれを仕事にしていないから、気軽に言いにくいことでも言ってしまう。すると、それが的を得ていたりする。それが案外役に立つようだった。

そうやって家光も春日局も私のアドバイスをどんどん取り入れた。
それらは大奥で私の立場を強め、幕府内でも家光に何か伝えたいことがある者は、私を通じ家光に会見する時間を作ってもらうようになった。
するとその者達がお礼に、どんどん金品や珍しいものを持ってき始めた。もともと豊かだった竹橋御殿は、さらに豊かになっていった。

「お金は執着しなければ、勝手に向こうからやってくるわね」

ふとつぶやいた。するとそろばんに向かい書き物をしていた刑部卿局が私に言った。

「姫様、そうなんですよ。お金というものは、明るい場所がすきなのですよ。人はすぐに暗い場所にお金を隠そうとします。
するとお金は暗くジメジメしたところから逃げ出そうとして、その人に自分を使わせ、その場所から逃げていきます。
今の姫様のところは明るく、自由に人もお金も出入りできる場所です。
だから、お金がよりやって来やすいのでしょうね」

彼女は私の金庫番で、経理を一手に握っていた。
私は、のほほん、と家光からいただいたお金や、入ってきたお金を自由に使っていたけれど、彼女はしっかり貯金や投資のようなことをしながら、私の財産を確実に増やしていた。
けれど年を重ね段々目も悪くなり、記憶力も低下しているのを自覚し、これ、と見込んだ若い侍女を後釜し、しっかり仕込んでいた。けれど最後の締めはやはり彼女だった。今も帳簿の確認をしていたのだろう。そろばんは休むことなく動いていた。

「姫様はお金に苦労をする身分ではございませんが、世間でもめ事がある場合、ほとんどそこにはお金が絡んでおります」

「えっ、そうなの?」

初めて聞く話に驚いた。

「はい、ただそれはお金のせいではございません。お金そのものは、良くも悪くもありません。
人が勝手にいろんな念をお金に載せていくだけでございます。
それによって、お金がいいものにも悪いものにもなるのです」

「あら、お金は自分を豊かにし、人を助けるものだとばかり思っていたわ」

「ええ、姫様はお金に対して豊かなマインドをお持ちです。ですからお嫁に行かれた勝姫様のおられた備前の国がひどい水害に遭い、財政難で助けを求めてこられた時、迷いもなくご自身の財産から金五万枚と銀二万枚をご寄付することができたのです」

「刑部卿局は、反対していたものね」

「はい、経理を担当しております私としては、この出費は大層痛かったです。こちらにも給金を渡す、家来や侍女もおりますからね。
けれどそれらは後々補填できたので、よろしゅうございましたけどね」

「そうそう、それ!どうやってその出費を埋めたの?」

刑部卿局は目を細め、皺の増えた顔でニンマリ笑った。

「姫様、私が以前姫様に自叙伝のようなものをお書きするように伝えたのを憶えてらっしゃいますか?」

「ああ、そう言えば、豊臣に輿入れし大阪城が落城した時に逃げ出したことを書くように言われて書いたわよね。あれが、どうかしたの?」

「はい、あれを本にいたしました」

「はぁ?!どういうこと?!」

私は何のことかわからず、叫んだ。

「あのままでは売りものになりませんから、ゴーストライターを見つけ、少々脚色いたしました。
大阪城から助け出された姫様は坂崎に略奪されかけながら、辛くも逃げ出し、忠刻様と幸せな結婚をしました。
このストーリーは、世の女性達のあこがれのラブストーリーなのです!
この物語に胸を熱くする女子は、たくさんおります。
ですからそれを本にして売り出したところ、大ヒット致しました。 
しかも、その本に「これを読めば、運命のソウルメイトに出逢う!」と帯をつけましたところ、さらに大ヒット!
今もよく売れ続け、お金を運んでくれております」
「まぁ!そうだったのね!!」

「姫様にとって当たり前のことでも、他の方にとっては当たり前ではございません。それを説き世のため人のために役立たせることで、お金は感謝し、喜んで姫様のところに来てくださるのです」

「あなたって、すごいプロデューサーね!私は何もわからなかったわ」

「まぁ、姫様はそれくらいでよろしゅうございます。
変にお金に固執し、執着する方は、お金に喜んでもらう使い方が下手です。
姫様はお金というものは出て行っても自然と入ってくるものだ、と思っていますでしょう?」

 「えっ、ちがうの?!」

「庶民は、お金は一度出て行くと二度と帰ってこないもの、と思っているのですよ。だから手元から離すものか、お金がなくなるのを怖れているのです。いつも握りしめているから、お金がくたびれそこから自由になると、もう二度とこんなところに帰ってやるもんか!と思い、帰ってこなくなるのです。あと人様を騙し巻き上げたお金は、必ず後でお金からしっぺ返しを受けます」

「そんなこと、する人いるの?」

私は大きく目を見開いた。

「世の中にはいろんな人がおります。お金の暗黒面に取り込まれている者は、人を騙してまでお金を自分のものにいたします。けれどやった報いは必ずその者に戻ってくるのでございます。その者自身に何かなくても、家族に大きな害が及びます。それに気づかないのです。本来、お金とは私達を豊かに幸せにするもの。しかし人をだました手に入れたお金は、決してその者を許しません。お金に復讐されるのです。まことお金とは恐ろしい一面を持っております。だからこそ、慎重に大切に扱わねばならないのです。」

「そうなんね、私はお金のいい一面しか知らなかったわ。それは私がお金に苦労したことがないからね」

刑部卿局は大きくうなづいた。

「だけど、私、やっぱりお金は出入り自由だと思うわ。お金は行きたい人のところに行くの。だから私はそれを止めないわ」

 「その風通しの良さが、姫様の良い所です。
あ、姫様の人の話や相談を上手に聞いてアドバイスするカウンセラースキルも指南書として売り出したい所ですね」

刑部卿局は大きなそろばんを、カラカラと振った。
私は口を大きく開いたまま、何も言えなかった。しなやかにしたたかに美しく、生きているのは、刑部卿局だった。

お金に復讐される・・・・・・初めて聞いた言葉にゾッとした。せめて私の周りにはそのような者がいないことを願った。そして賢い刑部卿局を乳母に選んだ亡くなったママに、心から感謝をささげた。




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