見出し画像

レディー・ドラゴン セックスレスな妻たちへ

それは、女として怠慢な証拠~レディー・ドラゴン⑪~

皮がパリッと焼かれ香ばしい香りがただよう鯛のソテーを前に、璃宇はナイフとフォークを手にし、小声で聞く。
「ねぇ、結局彼とどうなったの?」
「璃宇は、どうなったと思う?」
赤ワインのグラスを手にした薫子は、面白そうに質問返ををする。
璃宇は口ごもりながら
「えっと・・・・・・・セックスした?」
語尾を上げ自信なさそうに答えた。
薫子は、ニッコリ笑い
「ピンポーン!」
と人差し指を上げ、ワンオクターブ高い声で答えた。
「そ、そうなの?ちゃんとできたの?」
ちゃんとできる、て何がよ? と自分にツッコミを入れ、璃宇は薫子にまた尋ねる。

薫子は赤ワインを一口飲み、璃宇を見つめた。
ステーキは薫子の中に消え、付け合わせのマッシュポテトとインゲンのソテーだけが残されている。
「これまでね、私は多少なりとも恋愛感情のある男とセックスをしていたの。
今回のように恋愛感情のない相手とのパターンは初めてだった。
でもね・・・・・・」
薫子は向かいに座る璃宇に体を寄せ、声をひそめる。
「恋愛感情がなくてもセックスできるし、ちゃんと感じられし、イケたのよ。さすが、プロよね~」
突然璃宇は、お笑い番組でクイズの答えを外すと、頭の上にタライが落ちてくる罰ゲームを思い出した。
今、璃宇は自分の頭にタライが直撃されたように「ガーン!」という衝撃を感じた。
薫子は自分の言葉が璃宇に衝撃を与えたことに気づかず、うれしそうに話しを続ける。
「やっぱり若い男って、いいわよ~。
肌もスベスベしているし、耳元でささやく言葉で体も濡れるのよ。
おまけに体力もあるし、昨日の夜から何度も抱かれたわ」
「えっ?!もしかして彼と昨日の夜からずっと一緒だったの?」
「そうよ。だから璃宇にも会わせたのよ」
薫子はスタッフに手を上げ、皿を下げさせる。
「彼と夜七時にこのホテルで待ち合わせ、チェックインしたの。
最初は私も緊張し、バーで何杯もお酒を飲んだの。
だけど彼は私をリラックスさせようと笑わせて、会話もすごく楽しかったの。
それだけで終わってもいいな~と思ってたのよ。
私ね、部屋に戻るエレベーターの中でなんだか涙が出て泣いちゃったの。
どうして泣いたのかわからない。
だんなの愛、というか思いやりが、私の望んでいたものじゃない気がしたの。
でもそれを受け取るのが私の愛かな?と思ったら悲しくなった。
そしたら、何も言わず彼がそっと抱きしめてくれたの。
さすがよね。
抱きしめられたら、もうこれでいいや、と思って開き直ったの。
やっぱり今の私に男のぬくもりは必要だ、とわかった。
だから部屋に入ったら、私からグイグイ迫ったわ。
お酒の力も入っていたから、そりゃもうガンガンいったわ」
薫子はアルコールもまわり、トロンとした目つきでいつもよりおしゃべりだった。
肉食系の女っぷりに圧倒されるばかりの璃宇は、冷めかけた魚料理にようやくナイフを入れた。

バニラアイスとアップルパイのデザートの後、コーヒーが運ばれた。
テーブルにひじをつきあごを載せた薫子は、じっと璃宇を見つめる。
「で、璃宇はどうなの?
ずっとだんなさんとセックスレスだ、と言ってたよね?
そのままでいいの?
それで、女を終えてしまっていいの?」
自分が一番相談したかった肝心な話はそこよ!それ!と璃宇は思った。だが薫子のエスプレッソのように濃厚な話しを聞いた後は、自分の話は薄いアメリカンコーヒーのように思えて、話しにくい。
「もしかして璃宇のことだから、このままだんなさんに貞操を守り抜き女を終えようとと思ってるの?
それ、もったいなくない?!」
「もったいない・・・・・・よね」
「あたりまえでしょう!一度きりの人生よ。このまま女を閉じてもいい、とでも思っているの?
でもね璃宇、あなたは女としての自分を、どこかで捨ててると思う」
「えっ?どういうこと?」
薫子は値踏みするようにジッと上から下まで璃宇を眺めた。

「今、着けている下着、最近いつ買い替えた?」
「何それ?もう一年以上前だけど」
「ほらね、自分の体に鈍感になっている証拠よ。
下着を一年以上も変えていない女は、自分の体に無頓着で女としての自分を捨てているの。
いい、璃宇、友達だから言わせてもらうけど、あなたは太りすぎ。
大学生の時は今よりずっと細かったじゃない?
育児が忙しかった頃ならともかく、今は子供から手も離れ自分の時間がちゃんとあるはずよね?
もっとダイエットして痩せて、おしゃれして、自分を磨いたらどう?
今のままで自分をあきらめないで。
自分に手をかける時間も取れるはず。でもあなたはその時間を自分のために使っていない。
それは、女として怠慢な証拠。
もう五十歳なんだから、自分のスタイルに責任持ちなさいよ」
薫子の言葉が矢のように、璃宇を突き刺す。璃宇は耳を塞ぎたかった。
けれど今も九号サイズをキープしている薫子に言われると、逃げ道がない。言い訳ができない。
璃宇はこれまで何度もダイエットにトライしては、失敗してきた。
更年期だから、仕方ない。
体質だから、仕方ない。
たくさん言い訳もしてきて、自分を甘やかせてきた。
でも、太ってて何が悪いの?
太っている女は、快感を与えてもらえないの?
そんな反感もムラムラ湧いてきた。

コーヒーに口をつけないまま、黙ってうつむく璃宇に薫子はやさしく言う。
「あのね、璃宇。誤解しないでね。
太っているのが悪いわけじゃないの。
豊満な女性をすきな男もたくさんいるわ。
それは、その人が幸せそうだからよ。
でもね、あなたはちがう。
不平、不満や我慢をたくさんその肌の下に、脂肪やお肉として溜め込んでいるように見える。
幸せな豊満さに見えないの。
その脂肪やお肉は、きっと本来の璃宇に必要ないものなの。
なのにそれをずっと持ち続けているあなたが、歯がゆいの。
もったいないの。友人として腹が立つの」

璃宇は自分の体にくっついていたものが脂肪やお肉ではなく、夫への不平や不満だったことに気づいて愕然とする。
と同時に自分のことを、もったいない、と言った薫子の言葉が、雷雨の後の虹のように心に光を灯した。
そしてもう一度女としてもったいなくない存在になりたい!と強く願い、左手を固く握り締める。
「私、もう一度ダイエットしたい!
そして、きれいになりたい!!」
璃宇は薫子にはっきり宣言した。
「そうよ、そうこなくちゃ!
女は変わりたい!と思った時から、変わることができる生き物なの。
でねダイエットは、ただ漠然とやってもうまくいかないものなの。
その先にある目標を持つことが大切よ。
何のためにダイエットしてきれいになるか、なの。
璃宇はダイエットしてきれいになったら何をしたいの?」
薫子の質問に、璃宇は迷いもなく答えた。
「セックスしたいわ。夫以外の男と」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?