リーディング小説「美しい子宮~寧々ね~」第五話 男は女より、プライドの高い生き物
男は女より、プライドの高い生き物
それから間もなく、藤吉郎はお市様の嫁ぎ先の浅井家と朝倉軍との戦いに先んじました。そしてこれを機に藤吉郎は名を羽柴秀吉、と改めたのです。
名前の由来は、織田家筆頭家臣の丹羽長秀様、柴田勝家様にあこがれ、そこから文字を頂いたわけです。
というのは、表向きの理由。
秀吉は周りから認めて欲しかったのです。
農民出身の彼は、他の家臣達から身分のちがいで低く見られていました。
いくら賢く知恵があり、勝利を重ねても、彼が認めてもらうのはとても難しい事でした。
秀吉が考えたのは、彼らの懐に入るため彼らを敬い立ててやることでした。
自分が改名し、尊敬する彼らの名前をいただくことで、相手のプライドをくすぐる作戦に出たのです。
秀吉の作戦通り、新しい名前を発表しその由来を伝えると、丹羽様柴田様は渋い顔をしながらも、まんざらではなかったご様子だったそう。
名前をみなの前で発表した日、彼は走ってわたしの元に帰ってきました。はぁはぁ息を弾ませながら、わたしに報告しました。
「寧々、わしは今日から木下藤吉郎から羽柴秀吉じゃ!
信長様も認めて下さった!!
丹羽長秀様、柴田勝家様のお名前から、それぞれ一字をいただいたんじゃ!
これで、あのお二人もわしのことを認めて下さるだろう」
うほうほ笑う彼は、本当にうれしそうでした。
で、このアイデア、誰が授けたと思います?
もちろん、わたしです。
男は女より、プライドの高い生き物です。
そのプライドのどこをくすぐると気持ちが良いか、一歩後ろに控えている女の方がよくわかります。
羽柴秀吉に改名してからの彼は、名前との相性もよかったのでしょうか。さらに勢いを増しました。
そしてついに、お市様の居城である小谷城も滅ぼしてしまいました。
お市様は三人目のお子様の陣痛で意識を失いかけながら、二人の姫様達と小谷城から出てこられたそうです。
秀吉は涙ながら、わたしに語りました。
「お市様は姫様たちを連れ、凛とした姿で城から出てこられた。
じゃが城を攻めたわしの顔を見ようともせなんだ。
なぁ、寧々、わしはやっぱりお市様に嫌われておるんかのお?」
ぐすぐずと鼻をすする彼を見て、そりゃ、そうでしょうよ、と言いたくなるのをぐっ、と飲み込みこみました。
お市様と夫の浅井長政様の仲の良さは、有名でした。
お市様達を逃した後、長政様は城で自害されました。
戦国の世のならわしと言えども、お市様には大そうお辛いことだったでしょう。けれど、お市様には保護して守って下さる信長様がおられます。
信長様の庇護を受けることは、何の不自由もない生活を約束されている、ということです。
あのお美しい方ですから、また再婚のお話もあるでしょう。
秀吉とはご縁のない方、そう思っていました。
ですから
「そうですね。
お市様は、あなたのあこがれのマドンナでいいのではないかしら?
マドンナという存在が、あなたにパワーを与えてくれるのよ」
と言ってやりました。
たまにお顔を合わせるであろうお市様は、秀吉にとって大すきなマドンナのような存在。
手が届かないマドンナだからこそ、時折お目にかかることでパワーをもらい明日への活力になる、それでいいのです。
女の直感でしょうが、できるだけ秀吉にはお市様とは関わってほしくありませんでした。ですから、お市様を手の届かない存在に設定したのです。
「マドンナかぁ。そうじゃのう。お市様は、わしのマドンナ様じゃ!!」
そう言うと、秀吉はご機嫌になってお酒を飲み始めました。
それでいいのです。
浅井家を滅ぼしたことで、秀吉は信長様に城をいただきました。
秀吉は初めて、城持ちの大名になったのです。
城主としてすっかり舞い上がった秀吉の中で、浮気の虫がごそごそ動き始めました。
自分の領地、長浜城内で彼に逆らえるものはいません。
ちょっと美しい女がいたら、あの饒舌なセリフで口説き落とし、すぐベッドインに持ち込むのです。
しかも堂々と白粉を着物につけて帰ったり、朝帰りするではありませんか!
それは自分がモテてる、イケてる、ということを子どもが母親に自慢するように、誇示していたのかもしれません。でもわたしも女ですから、腹が立ちます。傷つきもします。
ただここで感情的に彼を叱っても反発し、さらに浮気を繰り返す可能性もあります。
火遊びを繰り返す城主に、人々の気持ちは離れていきます。
ここはしっかりお灸をすえなくてはいけません。
でも、これは父親の役目です。わたしは腕組みをして考えました。
彼にとって、父親とは誰だろう?どなたが一番彼にお仕置きをして下さったらきくだろう?その時、わたしの脳裏に閃く方がおられました。この方しか秀吉を叱ってくれる方はおりません。
わたしは早速、その方のところに行き、秀吉の浮気を訴えました。
その方は静かにわたしの話しを聞きいてくれました。
「話はよくわかった。
わしにすべて任せておきなさい」
そう言って、たくさんのおみやげを下さいました。
長浜城に帰ってしばらくし、その方からお手紙が届きました。手紙の最後に「この手紙を秀吉に見せるように」と書かれていました。
わたしは早速その手紙を持ち、畳に肘をついて寝転んでいる秀吉のところに行きました。
「お前様、わたしに手紙が届きました」
「ふ~ん、そうかぁ。で、なんじゃあ?」
「その手紙、お前様にも読んでもらうように、と書かれております」
「なんでわしがお前宛に来た手紙を読まにゃ、ならんのだ?一体誰からの手紙じゃ?」
「織田信長様からです」
信長様の名前を出した途端、秀吉はぱっ、と起き上がり正座し、恭しくわたしから手紙を受け取りました。
読みながらどんどん秀吉の顔が青ざめ、脂汗が出てくるのがわかりました。
信長様は、こう書いておりました。
「寧々は会うたびに、どんどん美しくなっている。
そんな美しい妻を持ちながら、あの男がよそ見をして浮気するなど、なんと生意気な!
お前の良さをわかっていないにちがいない。
この世のどこを探しても、お前のような女などいるわけがない。
お前を逃したら、二度と妻にできないとわかっているのか?あのハゲッ!
お前も妻としてどーん、としっかりしていなさい。
言いたいことがあっても、全部言わないことも大切だぞ。
で、この手紙は奴に見せるように!」
しかも念押しのように、この手紙に「天下布武」という信長様のスローガンの印が押されていました。
これには、秀吉も震えあがりました。
いきなりわたしの前でひれ伏し、土下座しました。
「寧々~~わしが悪かった!許してくれっ!!」
わたしはしばらく黙り込みました。が、何度も秀吉が頭を畳にこすりつけるので「わかってくれたら、結構です」と言い放ちました。そしてようやく秀吉が頭を上げ、おずおずとわたしの顔を見た時、にやり、と笑ってやりました。秀吉は漁師に釣られた魚のようにビクン、と震えあがりました。ざまをみろ、でございます。
それにしてもさすが、信長様です。
お灸は、しっかりきいたようです。
わたしが頭ごなしに叱ると、火に油を注ぐようなもの。
意地になって浮気を続けるでしょう。
親から頭ごなしに止めるように言われると、反発したくなるもの。
子どもとはそんなもの。
これ以後、秀吉の浮気はピタリと止まりました。
信長様は本当に懐の大きな、わたしにとってはおこがましいですが、兄のような父のような存在でした。
わたしにはかけがえのない恩人でした。
わたしと秀吉を結び付けてくれたもの、信長様でした。
もしかしたらそのために信長様は、わたし達の前に現れて下さったのかもしれません。
それなのにあのようなことになるとは、この時夢にも思いませんでした。
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