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「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第二十二話 自分を最後まで信じ切れますか?

自分を最後まで信じ切れますか?

 一八六七年の十月、慶喜はこれまで徳川幕府が握っていた政権を朝廷に戻す「大政奉還」を申し入れた。これにより、265年政治の実権を握っていた江戸幕府は終わった。
慶喜の狙いは、倒幕を目指していた薩摩と長州に対して、朝廷に政権を返し「倒幕」という大義名分をなくすことだった。その上で、徳川の力を次の新しい朝廷に組み入れる事だった。慶喜は朝廷という大樹の元で、武家が議会を作り徳川家がそこに影響力を持とうとした。実際、政権は朝廷に返したものの長く政治から離れていた朝廷に政治力や外交力があるはずもなく、すべて旧幕府の力に頼っていた。ここまでは慶喜の読み通りだった。

 私達は江戸城大奥で、それらの流れをただ見ていた。見ているしかなかった。大奥で足止めされている私に一体何が出来たというのだろう。自分が女でいることが、もどかしかった。男であれば、今すぐどこへでも動いて行けるのに、何も出来ず打ち捨てられた大奥の女達はみな不安におののいていた。が、どうしようもないことをあーだこーだ、言っても仕方がない。私は静寛院宮様に会いに行った。
 私と静寛院宮様は、徳川家を存続させることを決めた。それが、十三代家定様、十四代家茂様に嫁いだ私達の役目だった。そして二人で決めた。慶喜は、もういい。家督を田安亀之助に譲ってもらい、慶喜に手を引かせる・・・・・・  いや、彼に家定様や家茂様が守った徳川から出て行ってもらう。それが、私達の願いで意志だ。それを叶えるため、動き始めた。
一度は落ち着いたように見えた政治だったが、このままでは従来の政治と何も変わらないことを怖れた薩摩は、武力で倒幕することを目指した。「新しい日本を!」が彼らのスローガンで悲願だった。そして薩摩と長州と芸州(広島県西部)は出兵同盟を結んだ。

 十二月、岩倉具視は薩摩と土佐、安芸と尾張、越前の重臣達を呼び、王政復古をする、と宣言した。そしてこれらの藩の兵が御所の紋を封鎖するクーデターを起こした。それにより王政復古の大号令で新政府が樹立され、慶喜はそこからはじき出された。朝廷から慶喜に、地位と領地を返すように申し伝えられた。慶喜は、大阪城に行き身の確保をした。
江戸城や私達のことなど何も守らず、自らの保身のみを第一に考え、大阪城に行った。それを知った私は怒りを抑えきれず、立ち上がった。この状況で、私達は誰にも守ってもらえず見捨てられた。あ、けっこうだ。上等だ! 燃えるような目で怒りを露わにした私を周りの者達は恐れたが、内心みな同じ気持ちだった。もともとわかっていたが、今回のことで慶喜の本性を目の当たりにし、やっぱりね!という裏付けが取れたのは、むしろ清々しかった。
しかし江戸城は、混乱と先の見えない不安で誰もが右往左往していた。それを見た私は
「落ち着きなさい! 」
皆を一喝した。
「慶喜があなた達を見捨てても、たとえ薩摩が攻めてきたとしても、私があなた達を守ります! 」
 そう口にして改めて決意した。そうだ、誰も守ってくれないなら、自分で守ればよい。
自分だけが自分を最後まで信じ切って、見捨てなければいいのだ。私はわたしを信じる。
そして私を信じてくれる者たちを、守る。
徳川の命をつなぐ。両手に力を込め、ぐっと握り締めた私の横で、静寛院宮様は言った。
「天璋院様、私、ようやくわかりました。
家茂様が私に託したギフト・・・・・・
それは、徳川をつなげ、ということです。
ここで徳川を終わらせることではなく、次の世代に新しく希望をつなげ、ということです。やりましょう、天璋院様。徳川をつぶそうとしているのが、私と天璋院様の故郷であるのも皮肉なことですが、そこから私達が羽ばたき、徳川の女として生きるのですね!」
 彼女の言葉に私は心打たれ、胸がいっぱいになった。思わず彼女の手を取った。
「静寛院宮様、何とお強くなられたことでしょう」
「はい、天璋院様に鍛えられましたから」
静寛院宮様はペロリ、と舌を出した。その笑顔は徳川に嫁いできたばかりの宮様ではなく、腹の座った徳川の女だった。
「まぁ!!」
私は声を出して笑った。私達を見ていた大奥のみなも、声を出し明るく笑いあった。
久しぶりに大奥に笑い声が響き渡った。私はぐるり、と大奥を見渡した。大丈夫。きっと、守るから。いや、守ってみせる。


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運命を開き、天命を叶えるガイドブック

あなたは自分を最後まで信じ切れますか?

自分で自分を守る、ということは、誰の意見にも流されず自分の思いを貫くこと。

人に影響されてもいい。

でも、最後は自分を信じ切って自分で決める事。

これが、人生で大切ですよね。



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