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レディー・ドラゴン セックスレスな妻たちへ

夫というイキモノを手放す決意~レディー・ドラゴン⑧~

だけど、どうしたら夫以外の男とセックスできるんだろう?!
マグカップをテーブルの上に置き、璃宇は途方にくれる。
その時、薫子のことを思い出した。
彼女は大学時代の友人で、結婚してもずっと連絡を取り続けるうちの一人だ。

薫子は結婚しているが、何度か夫以外の男に恋をして関係を持っている。
初めてそのことを聞いときは、ビックリして一瞬、息が止まった。
なぜなら彼女の結婚生活は今も続いていて、夫は彼女にベタ惚れなのを知っているからだ。
どうしたらいいか、は
「薫子に聞けばいいんだ!」
璃宇はスマホに手を伸ばし、薫子にメールをした。
すぐ彼女から返信が来た。
「もし今日の午後が空いていたらランチをしない?」
いきなりメールをしたにも関わらず、答えがすぐわかるかもしれない、と璃宇は驚き
「もちろん、喜んで!」
とすぐメールを返す。


何度かメールをやり取りし、待ち合わせ場所と時間が決まった。
薫子とメールを交わしながら、これから自分がどこに進もうとしているのか怖い気もした。
虫たちが脱皮するのは成長するためだ。
彼らは脱皮を繰り返し、体を大きくし自分を進化させる。
璃宇は恐れながらも、自分を脱皮させようとしていることに気づく。
脱皮するには現状を変えるしかない。
慣れ親しんだ今を変えるのは、怖いし不安だ。
けれどその不安を打ち消すほど
「夫を見返してやる!今に見てなさいよ!」
とムクムク湧き上がる怒りにも似た思いが、強く璃宇の背中を押す。
ブルッ、と肩を震わせ、椅子からお尻を上げ、急いで朝食の片づけを始めた。

四時間後、璃宇は薫子と待ち合わせたホテルのロビーにいた。
11月に入り一度気温はがくん、と下がって冷え込んだが、この日は初秋に逆戻りしたような気候だった。
ベージュ色のトレンチコートの下に冷えを怖れサーモンピンクのアンサンブルニットを着ていたが、暑くてねっとり脇が汗ばみ、気持ち悪い。

「脇を脱毛したらよく汗がかくけど、楽だからお母さんもしたら?」
娘の奈々香(ななか)にすすめられ、遅ればせながら脇脱毛に挑んだのは、去年だった。
正直、五十歳になる自分の体にお金をかけるのは今さらどうだか、と思い、抵抗があった。
渋々娘の通った美容皮膚科のレーザー治療に何度か通うと、脇にしがみついていた毛はあっけなく姿を消した。
やってみると面倒くさい脇毛の処理もしなくていいし、楽ちんだった。
その分汗を直に肌に感じる回数は増えたが、柔らかい脇肉を指でつまむと手チクチクした痛みもなくうれしかった。
新婚の頃、夫はその毛のある脇さえ唇で辿り愛撫していた。
少しくすぐったかったけど、そんなことまでしてくれることがうれしかった。
でも今の夫は、璃宇が脱毛し脇の毛がないことさえ知らない、と思うと喉に切なさがこみ上げ、ハンカチで首の汗を抑えた。


脇脱毛を終えた奈々香は臆することなく、次はVIO脱毛!と下の毛の処理に勤しんでいるらしい。
VIO脱毛、と聞いても璃宇はピン、とこない。
幼かった娘の着替えをさせる時にずっと見ていた、やわらかくすべすべした股間の谷間。
あの頃のように、ツルツルになるの?
と奈々香に聞いて笑われた。
何もせず生えっぱなしのボーボーにしておくことは海外ではエチケット違反にもなる、と聞いて驚く。

しかも
「今、お母さんたちの世代に脱毛しておくことを、介護脱毛とも言うのよ」
と聞かされ、さらにビックリした。
つまり年を重ね寝たきりになると、誰かに介護してもらい下の世話になる。
その時に汚物が下の毛につくと、介護をしてもらう人の手を煩わせるので、今から脱毛しておくことを介護脱毛というそうだ。
奈々香にスマホで「介護脱毛」のページを見せられ
「毛が白くなるとレーザーに反応しないから、脱毛できないのよ。
お母さんも早い内に、やっておいた方がいいわよ」
と言われ、クラクラする。


娘世代は脱毛が常識のようで、大学時代に脇を脱毛したい、と言われ、そのお金は出してやった。
今は就職したので、自分のお金でVIO脱毛に通っている。
奈々香は若い頃の璃宇に似て手足も長くスレンダーだが、璃宇と違うのはバストもボリュームがあることだ。
特に美人、ではないが、その体型をストロングポイントにしたメリハリある着こなしで、高校時代からよくモテていた。
大学生の頃は家に付き合っていた彼を連れてきた事もあったが、今は仕事に忙しく、恋をする時間もパワーもなさそうだ。
新しくできる娘の彼氏は、VIO脱毛を終えた奈々香に出会う。
セックスする時、相手の男はどう感じるんだろう?と思うと、女としても母としてもザワザワした。

奈々香が自分達夫婦のことをどう思っているか、璃宇は一度聞いたことがあった。
その時返ってきたのは
「お母さんは、お父さんと結婚しててよかった?」
という言葉だった。
その時は「もちろんよ」と返したが、あの時娘は自分達夫婦の見えない溝を感じたのかも、と璃宇は思い胸がちくり、と痛む。

娘は時として、母親を同じ女として厳しい目で見る。
奈々香は隠れファザコンで、小さい頃から夫が大すきだった。
璃宇の夫に対するどこか冷たい態度に娘は敏感に反応し、その分パパ、パパ、と夫に甘えていた。
もちろん夫も彼女をとても可愛がり、就職を機に家を出ることを最後まで反対していた。
夫は時々浮気をしたが、きちんとお金を入れ家族を守るいい夫で、子ども達にも愛されるいい父親だ。

けれどいい夫と快感を与えてくれる夫はちがう、と璃宇は知っている。
たくさんの人が行きかうシャンデリアが煌めくロビーで、璃宇が夫というイキモノを手放す決意をした時、目の前を年輩のカップルが通り過ぎる。夫婦だろう。足が悪いのか少し右足を引きずるように歩く妻に、夫は歩幅を狭め、妻に合わせゆっくり歩く。二人は穏やかな表情でホテルのレストランに入っていった。彼らの後姿を見送ると、苦い気持ちがこみ上げた。
暑さに我慢できず、トレンチコートを脱ぎ左手にかけたその時だった。
「あ、璃宇!こっちよ!!」
明るく自分に呼びかける声を聞いた。

薫子の声だ、と後ろを振り向いた璃宇は、ギョッとした。


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