「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第二十一話 大きく変わる未来のために
大きく変わる未来のために
家茂様はご自分の死期が近いことを悟り、次期将軍として田安亀之助を名指した。
それが家茂様からの遺言だった。
私達大奥の人間も、家定様の従弟である彼を後継者にすることを強く望んだ。しかし、それは実現することはなかった。
彼があまりにも幼く、わずか四歳だったからだ。
もし、彼がもっと年を重ねていたら もし、家茂様が長く生きていたら
もし、家茂様と和宮様にお子が生まれていたら
人生はいくつもの、もし、の積み重ねを裏切って出来ている。もし、をいくつ数えても現実は変わらない。幼い将軍候補が決まっていたとはいえ、この大きな時代のうねりに、何の役にも立たない。
ここでも時代は私達に背を向けた。
家茂様亡き後の将軍は徳川最後の将軍、一橋慶喜様が徳川慶喜様、と名を改め、十五代将軍として後を継ぐことになった。
もう、いいだろう。
慶喜に様などという敬称はつけたくない。
彼の人間性は、ほとほと私に合わなかった。
彼に徳川を終わらせる役割があり登場したことは、認めよう。
新しい時代を開く橋渡しの役割をしたことは、感謝しよう。
だが、彼という一人の人間は・・・
大っ嫌いだ!!
人には相性というものがあるので、よほど私と合わなかったのだろう。
彼は自分を守るため、いつも壁を作り大奥や女を見下した態度を最後まで取っていた。
最後まで大奥に来なかった。
それは構わないが、女が男よりも低い存在であるような態度を取り続けたのが気に入らない。いつもどこかで女を見下していた。それは反対に言うと、女を恐れていたのだろう。人は自分が恐れるものを嫌う。彼にとって大奥は見下しながらも恐れていた存在だった。
確かに、慶喜のような男は多い。
けれど、将軍、という国を守る地位についた男がそんな態度を取ったらどうだろう?
彼のやり方は他の男達に、女に対して自分より下だ、という態度を取っていい、と勘違いさせた。
男に見下されるのが当然という洗脳や呪縛を受けた女達は、仕方ないとあきらめ甘んじ受け入れ、忍耐と我慢を強いられた。
国は開かれても、この国の女達の自由や自立は長く閉ざされた。
皮肉なことに彼が徳川幕府を終わらせたことで心ならずも、大奥という閉ざされた世界は開かれ、私達は自由になった。
私は身も心も自由になった。
終わらせることで、自由になれる。
それは、終わらせたからわかったこと。
慶喜が将軍を継いだこの時点では、まだわかっていなかった。
人は持ちづつけていた何かを手放す時は、大きな葛藤と恐怖を抱く。
私もそんな一人だった・・・。
家茂様が亡くなった翌年、同じ年に亡くなった孝明天皇の後を継ぎ、天皇のお子様の祐宮様が十四歳で天子の位を受け継ぎ、明治天皇となられた。
新しい天皇は、叔母である静寛院宮様に京都に帰るよう、交渉を進めていった。
私はそれを聞いて、正直寂しかった。しかしそれが静寛院宮様の幸せのためであるなら、賛成した。
私は彼女が故郷である京に戻りたいのであろう、とばかり思っていた。
しかし、彼女は動かなかった。彼女は純粋だった。
私以上に、自分が譲位の為に徳川に嫁いできた、という役割を強く背負っていた。その思いを託された兄の孝明天皇が亡くなった後、状況は変わったことも見極めていた。
明治天皇は「公武合体」ではなく、幕府から政権を取り戻し天皇が政をして、この国を変えることを望んでいた。
静寛院宮様は、心を痛め泣いた。泣き続ける彼女を私はただただ抱きしめた。
「変わらないものなど、何もないのです。
龍は新しい扉を開こうとしています。
私達は、その龍の背に乗っています。
龍が私達を、新しい時代へと運びます。
もうじきすると、私達も成すべきことがわかるでしょう」
そう伝えながら、私も自分に言い聞かせていた。
誰がこの国のトップになっても、かまわない。
自分の感情、という小我は手放しこの国の未来のために大我を見よう。
戦う男達のように血を流すことなく、平和な未来を手にするために。
その為に、私達ができることは何だろう?
今、この国は変わろうとしている。
国を閉じ、長く眠っていた龍が目覚め動き出そうとしている。
私や家定様、静寛院宮様を運んできた龍は、今一度大きな力を持ち、変わろうとしている。
今まで動かなかったことが動くのだから、大変なことになるだろう。
大変、とは大きく変わること。
変わることは、悪いことではない。
変わることをみなが求めているから、時代は変わる。
一人一人の変わりたい思いが、この国の扉を開く。
私は静寛院宮様を抱きしめながら、グッと強く手を握りしめた。
変わるのだ。
時代の流れを読んで、その波に乗るために大きく変わるのだ。
変わるために何ができるだろう?
私は何をすればいい?
家定様に手を合わせ、祈った。
「大きく変わる未来のために、私が成すべきことを教えて下さい」
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