レディー・ドラゴン セックスレスな妻たちへ
セックスを封印して逃げた~レディー・ドラゴン⑤~
それは璃宇の本音だった。
「セックスしてもオーガズムを感じない女なんて、自分以外の女もたくさんいるはずだ」
「五十歳を目の前にし、そんなことにこだわらなくていい」
上っ面の声で自分をごまかすため、ガムテープでぐるぐる巻きにし、子宮の奥深くにしまい込んだ璃宇の心の叫びだった。
子宮の声は、自分の中で抑え続けた璃宇の悲鳴だった。
璃宇は自分が口にした言葉で、ハッ!と我に返る。
目の前の鏡に映っていたのは、涙を流している自分の顔だ。
さっきまでの醜い老女は消え、子供のように本能をむきだしにして泣きじゃくる自分がそこにいた。
もう誰の声も聞こえない。
璃宇はヘナヘナと床に座り込むと、
「ついに、ついに本当のことを認めちゃった・・・・・・」
とつぶやく。
一度本音をほどくと、自分に素直になれる。
璃宇はさっきよりもずっと愛情を込め、のの字を書くように優しくお腹をさする。
下腹部が赤みを帯びたようにほんのりあたたかくなった。
昔、赤ちゃんの時の子供達を抱いていた時みたい、と懐かしんだ時「インナーチャイルド」という言葉を思い出す。
自分の本音を内なる子供、と言う意味で「インナーチャイルド」と呼ぶ、とネットで目にした。
それに対し「インナーアダルト」という言葉もあることも知った。
誰もがみな、自分のインナーチャイルドとインナーアダルトを併せ持っている。
自分を癒す、というのは、自分のインナーチャイルドを自分のインナーアダルトが抱きしめること、と書かれていた。
読んだ時は半信半疑だった。その時はインナーチャイルドなんてどこにいるのよ、と思ったが、今ならわかる。
璃宇のインナーチャイルドは子宮にいた。
お腹を撫で続ける左手を止めず、璃宇は両手を重ね、小さな子に話しかけるようにゆっくり自分のインナーチャイルドに話しかける。
「感じたかったのよね・・・・・・
本当はセックスでエクスタシーを感じ、オーガズムを体験したかったのよね。
ごめんなさい、ごめんなさい・・・
ずっとあなたの声に耳を塞ぎ知らんぷりし続け、本当にごめんなさい」
背中を丸め、うつむいたまま璃宇は何度も頭を下げ、自分のインナーチャイルドに謝る。
本当はずっと思っていた。
夫とのセックスが終わり、彼の体がすばやく自分から離れるたび、オーガズムを得られない自分の体は、どこかおかしい、と。女として失格だ、と自分を責め続けてきた。
苦しかった。さみしかった。
セックスをするたびに、どんどんむなしくなり落ち込み、傷ついた。
セックスが終わるたび、自分に失望し、だんだん義務的にしか応じられなくなった。
快感を得られない自分の体をうとみ、嫌いになった。
そして自分に快感を与えてくれない夫を、恨んだ。
セックスでイク、と煽る雑誌や本、ネットなどの情報をシャットアウトした。
だから夫が誘いの声をかけても、寝ているフリをして無視した。
手を伸ばしてきても、背中を向け「そんな気になれない」と断った。
そうやって璃宇は、自分でセックスを封印して逃げた。
オーガズムのないセックスは、目の前に美味しい果実があるが手を伸ばしても届かないから取るのをあきらめた。
今、ようやく気づく。
セックスレスの原因は、全部、自分だった。自分が勝手にあきらめ、逃げて閉じた。逃げたのは、これ以上傷づきたくなかったからだったからだ。
認めたくなかった事実を、璃宇は難産を終えたように、やっと認めた。
璃宇は左手の甲で涙をぬぐい、立ち上がる。
「もう逃げたくない」
口に出して言ってたものの、どうしたらいいかわからない。
もしかしたら、また傷つくかもしれない。
だけど、もう一度食べられなかった果実を求めてもいいじゃない?
そんな声がまた子宮から聞こえてくる。
子供のように無邪気に欲しいものは、欲しい、と言ってみよう。
その声に従ってみようと、と思い、どうしたらいいかわからないが、璃宇は寝室に向かった。
ダークブラウンのシングルベッドが二つ並んだ六畳の寝室。真っ暗な部屋に廊下からのオレンジ色の光が差し込むと、奥のベッドがこんもり布団が盛り上がっているのが見える。夫は璃宇に何が起こったかもわからず、グーグー眠っていた。
璃宇はそっと足音を忍ばせ、夫のベッドに近寄る。そして首を伸ばし寝ている夫の顔をのぞきこむ。
若い時は黒くてフサフサしていた夫の髪の毛は、今やすっかり薄くなり半分以上は白くなっていた。
口を半開きにし、いびきをかいて眠っている夫の姿のどこにも、胸はときめかない。
でも自分が入れるベッドはここしかない、と璃宇は決心しありったけの勇気をふり絞り、自分の足を布団に入れた。
すると璃宇の冷たい足が、布団に包まれ温まっている夫の足に当たった。
「う~ん・・・・・・・」
心地よい眠りを邪魔された夫が、不機嫌そうに声をもらし寝返りを打つ。
その声にビクッ!とするが、ここまできてもう後戻りはできない。
どうにか全身をベッドに押し込み、夫の横で体を縮こまらせる。
でもその先、どうしたらいいのかわからず途方に暮れる。
これまでセックスに対して受け身だったから、自分からどう動けばいいのかわからない。
とまどいながら璃宇は、そろそろと夫の股間に手を伸ばした。
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