「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第十六話 嫁と姑のひそやかな戦い
嫁と姑のひそやかな戦い
初めて嫁となる和宮様を見た私の印象は・・・
「お雛様か!!」だ。
和宮様は、まるでお雛様のように絵巻物から現れたお姫様だった。
雅なお顔立ちに、小さなお身体。
精巧に作られた手の込んだアンティークドールのようだった。
私達武家の女とは、まったくちがうイキモノ。
瞬きもせず、無表情だった。
家茂様も初めて顔を合わせた時、一瞬驚いていた。
が、家茂様はやさしく彼女に微笑んだ。
和宮様との結婚が決まると家茂様は
「義母上様、私は側室を持たない事に致します」
とキッパリ言った。
「そうですか。
あなたが決めた事なら私は何も言いませんが、訳を教えていただけますか?」
「和宮様は、幼い頃に決まった婚約者とのご縁を切り、この国の為に徳川に嫁いでこられます。
誠意を持ってお迎えし、末永く慈しみ共に過ごしたいと思います。
それに、私と和宮様の間にお子ができれば、その子がこの国の争いを止めることができるでしょう。そのために、私は側室を持つことは致しません」
彼は和宮様に心からの愛情をささげる決心をしていた。
その姿はかつての私を思い出させ、胸をしめつけられた。
「家定様、あなたが決めた跡継ぎは確かにこの方で間違いありませんでした。やはりあなたは先を見通す目を持った、すばらしいお方でしたね」
そう心の中でつぶやいた時、家茂様が言った。
「私は、義母上様と義父上様のように仲のよい夫婦になりたいのです」
「まぁ、でも家茂様が私と家定様が二人でいるところを見たのはほんの一、二度ですねよね?」
「それでも、お二人からは深い信頼と愛情が感じられました。
幼い私でしたが、お二人のところだけ何か色が違うというか、あたたかい空気が流れているのがわかりました。
その時、私もお二人のようなご縁を未来の御台となる方と結びたい、と決めたのです」
私は泣きそうになり、涙をこらえるため思わず膝をつねった。家定様、お聞きになりましたか?
あなたが命をかけて運んだバトンは、こうやってしっかり受け継がれましたよ。
そうやって迎えた婚礼の日だった。
が、和宮様は私と目を合わせようとしない。
嫁ぐのに、自分の母親と一緒に京都から輿入れしている。
「これが京都のしきたりなのか?なぜ、嫁入りに母親ももれなく付いてくるのだろう?」
私には意味がわからなかった。一人ぼっちで大奥に入ってくるわけではない。たくさんのおつきの者たちも従えている。
私は彼女が考えていることが、さっぱりわからなかった。
しかも嫁ぐなり彼女側からクレームが来た。
「結婚の時に取り決めた約束とちがいます」
はて、そんな話は何も聞いていないが・・・・・・と思いつつ
「幾島、何か聞いておるか?」
と尋ねてみた。
すると幾島がおずおずと言った。
「実は、和宮様が嫁ぐのが決まった時、大奥に入っても御所の流儀を通す、という条件があったそうです」
「なんと・・・!!幾島、そのような大事なことをどうして黙っていた!!」
「大変申し訳ございません。が、このような申し出を天璋院様にしたとて、通るわけがございません。」
「当たり前だ!嫁ぐ、ということは、そういうことではないか!!」
「確かにそうです。ですが、家定様のところに輿入れされる前、天璋院様は『自分という誇りは捨てない』と言われました。
それは、和宮様も同じかと思います。御所のやり方は手放してもいいでしょう。
けれど、孝明天皇の妹様、という皇族の誇りは捨てられないものですし、捨ててはいけないと思います。
天璋院様は和宮様のその誇りを、守ってあげられたらいいのではないでしょうか?」
「そうだな。幾島、その通りだ。だが、それを和宮様はわかってくれるだろうか?」
「それは、夫である家茂様からお伝えしてもらった方がいいかと存じます。
幸い、家茂様と和宮様は仲睦まじいご様子に見受けられます。」
「そうか、そうだな」
事は一件落着したように見えた。だが、ことはこれだけでは済まなかった。
和宮様が私に挨拶しに来た時だ。
私は姑として上座に座り、下座に嫁の和宮様の席を用意していた。
ところが彼女にしたら
「皇族なのに、席が下座だった。何たる侮辱!!」
と、寝込んだそうだ!!
なんだそりゃ?!
そんなに体面やプライドが大切か?
自分、という誇りは持っていてもいい。
けれど、そこに~の娘だから、~家の出身だから、という余分なものはいらない。
己という自分に誇りを持てばいいのだ。
人は変わる。
いつでも変わることができる。
私はそれを和宮様に伝えたかった。
この時の私はまだ気づいていなかった。
私こそが、彼女を変えようとしていたことを。
徳川に合わせることを無意識にコントロールしようとしていたことを。
人は誰かにコントロールされるのを、本能的に嫌うことに気づいていなかった。
嫁と姑のひそやかな戦いはこうして始まった。それは武家と公家との戦いでもあった。
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