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リーディング小説「美しい子宮~寧々ね~」最終話 傷を愛に変える方法

傷を愛に変える方法

「あなたは、もうすでに赦されています」
どこからともなく聞こえるその声は、さらに続きます。その声を探すように、わたしは立ち上がり、辺りを見回しました。けれど声の持ち主は見えません。声は尚も続きます。
「自分を責めても、過去は変わりません。
けれど過去に対するあなたの思いを、変えることはできます」
「えっ、それはどういうことですか?」
わたしは思わず、聞き返しました。

「起こってしまった出来事自体は、変えることはできないのです。
すでに体験として、あなたの中にあります。
でもその体験に対する、あなたの思いや気持ちは変えられます」

「わたしの思いや、気持ち・・・?
けれど、もう取り返しがつかないではないですか?」

わたしは誰とも見えない姿に向かい、問い続けます。

「それは、あなたが自分を被害者であり、加害者に仕立ててしまったからです。あなたが自分を被害者だと感じた思い、それはもっと幼い頃にあった体験から起こっていませんか?」

この言葉に心を衝かれたわたしは、自分の記憶を探りました。記憶の引き出しから飛び出てきのは、幼い自分でした。
母と二人、暗い家の中で話をしているわたしです。

三歳くらいでしょうか?おかっぱ頭のわたしは向き合って座った母に身を乗り出して聞いていました。

「お母さん、どうしてわたしだけ叔母さんのところに行かないといけないの?お兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんなこのお家にいるのにわたしだけ叔母さんのところに行くの?」
母はうつむいたまま、何も言わず黙っています。
そこに父の姿は見えませんでした。

何も答えてくれない母を見て、ああ、わたしは父母に捨てられたのだ、と思いました。
兄や姉だけが大切で、わたしはいらない子だから叔母のところに養女に出されたのです。
わたしは、要らない子です。
なぜならわたしは、愛されていないから。
だから、わたしは愛されたかったのです。
秀吉の意に添うことが、愛だと思ったのです。
幼い頃、母に捨てられたのと同じように、秀吉に捨てられたくなかったのです。だからこそ、自分の本心を押しこめ闇にするほど閉じたのです。

「でも、本当にそうでしょうか?
あなたが結婚する時、実の母は心配して婆様に聞きに行きましたね。
あなたを愛しているからでしょう?
どうでもよくいらない娘なら、そんなことはしません。
それも、愛ではないのですか?」

わたしはハッ、として胸に手を当てました。ああ、そうでした・・・
実母は、わたしが秀吉と結婚することを知り心配して、婆様に聞きに行ってくれました。
わたしが苦労するから、と結婚に反対しました。
たしかにそうです。
わたしは、母に愛されていた!!

母の愛に気づいた時、わたしの胸はぱぁーと光がさしこみ明るくなりました。その光はさっきまで冷え固まっていた心を、じんわりあたたかく包みました。真っ暗な闇は夜明けの光に飲まれ、ぐんぐん明るさを増し、頑ななわたしの心を溶かしたのです。

わたしは、愛されていました。
わたしを産んだ母にも、そして父にも。
わたしを育ててくれた浅野の父母にも。
わたしを望んでくれた秀吉にも。
豪や、わたしと秀吉の子どもになってくれた者たちにも。
たくさん、たくさん愛されていました。

わたしの目から涙が流れました。その涙は熱く、頬を濡らし、たらたら流れ続けます。

その時、また声が聞こえたのです。

「寧々様、わたしは自分を赦しました。
自分を赦すことができるのは、自分自身だけです。
寧々様も、ご自身をお赦し下さい。
過去を悔やんでも、しかたありません。
けれど寧々様には、まだ時間が残されています。
そのお時間を大切に生きることで、過去への思いを変えることができます。
思いが変わると、現実は変わります。
未来への道が開きます。
わたしはそれを伝えに来ました」

ようやくその声が誰だかわかったわたしは、見えない袖を引くように手を伸ばし、叫びました。

「待って下さい!
わたしは、まだそちらに行けないのですか?
わたしも一緒に連れて行ってください!」

ようやく茶々様がそのお姿を現せました。茶々様は、やさしいお顔で黙って首をふりました。茶々様の傍らで、秀頼様が微笑んでいました。
穏やかな笑顔のお二人を見て、ああ、茶々様は秀頼様と一緒で本当にしあわせなのだな、とまた涙が流れました。
お二人の姿は少しずつ遠のき、薄れて行きました。

気づくと、わたしは畳にうつ伏したまま眠っていました。
夢、だったのでしょうか?
頬には涙の跡と畳の跡が残っています。

袂で涙をふき取りながら、今の夢のような出来事を思い返しました。わたしは長い間、自分が愛されるのに値しない存在だと思っていたのです。
だから秀吉に頼りにされたり、必要とされるために、一生懸命生きてきました。
でも、そうではありませんでした。
わたしは、わたしのままで愛されていいのです。
わたしは、わたしのままで受け入れられていいのです。
わたしは、わたし以上でもわたし未満でもありません。
北政所でさえ、ありません。
ただの寧々、です。

わたしは今、自分がやるべきことに気づき、勢いよく立ち上がりました。
「豊臣の存続を!」
一度は滅亡した豊臣の息をもう一度、吹き返そう!存続させよう!

茶々様は言いました。
過去の出来事は変えられないけれど、それに対する思いや気持ちは変えられる、と。
ならば、わたしがもう一度豊臣を生まれ変わらせたら良いのです!
血に塗られた豊臣を閉じ、新しい豊臣への橋渡しをすれば良いのです。

わたしは両手を握りしめ、豊臣復活のためにもう一度人生をかけることにしました。そして胸に生まれた新しい希望の灯を赤々と輝かせるため、動き始めました。

豊臣には、男子は残っておりませんでした。
けれど、わたしの実家に男子はいました。
実家の木下家の男子、甥の木下利房の子の利次を養子にもらいうけました。その時わかりました。このために、わたしは養女に出されたのだと。もしわたしの実家に男子がいたら、豊臣の跡目争いに巻き込まれ、秀次と同じように命を落していたのでしょう。養女にいったからこそ、実家を離れ、実家の男子を守ることができたのです。それに気づいたわたしは両手を合わせ、天に祈りました。

徳川様にお願いし、利次を豊臣家(羽柴家)の養子として迎えることができました。そして彼にわたしの所領を継がせることになったのです。
最後に生き残ったわたしが、豊臣をつなげました。

すべてを終えた後、ようやく肩の荷を降ろしたわたしは夏の青い空を見上げ秀吉に問いかけました。
「お前様、これでよかったですよね?」
「ええに決まっとるわい。さすがは、寧々じゃ!」
わんわん鳴く蝉の声に混じり、秀吉の声が聞こえた気がいたしました。
秀吉のくしゃくしゃになった笑顔が、空に広がりました。

わたしはそっと胸に手を当て、目をつむりました。
胸の奥に、小さなわたしがいました。
その子の声に耳を傾けました。

「寧々ね~、がんばったよ。よくやったよね!すごくない?」
その子は誇らしそうに、わたしに言いました。

「ええ、すごいわ。よくやったわ。あなたは本当に、すごいわ」
その子に声をかけると、その子は満面の笑顔でわたしに両手を広げました。「寧々、だ~いすき!!」
涙が溢れ出しました。この子の愛に手を差しだし、その両手を引き寄せ、しっかり抱きしめました。「ええ、わたしも大すきよ」

小さな寧々とわたしは一つに融けあい、わたしの子宮に吸い込まれていきました。下腹部に手を当てると、そこはいつもより温かく、まるで子でも孕んだように、どくどくと動いておりました。子宮はわたしに、生きよ!と命じているようでした。

わたしは、わたしを大すきになっていいのです。
愛していいのです。大すきな自分で人生を生きていいのです。

わたしはまた空を見上げました。

「お前様、まだそちらにはまいれません。もう少しだけ待っていて下さいね」

なんやね、つまらんのお。でも寧々の話を聞くのを楽しみにしとるわい。そんな秀吉の声も、聞こえた気がしました。

わたしは前を向き、残された命を精いっぱい生きるために歩き始めました。
養子になった利次に、まだまだ伝えておきたいことがたくさんあります。
百姓から天下人になった秀吉のこと
あの愛すべき人柄と人たらしのこと
信長様のこと
どれもこれも、泣きたいくらい愛おしい日々です。

わたしがどれだけのことを覚えているのか、わかりません。残された時間がどれだけあるかも知りません。それでもわたしは出来る限り、後世に伝えましょう。

そして、あなたにも伝えたいのです。

あなたは

泣いてもいい
怒ってもいい
辛くてもいい
その分
笑えることがあります
楽しいことがあります
うれしいことがあります。
あなたの人生にも、きっと。

人を愛することは、自分を愛することと同じです。
自分を大切にすることは、相手を大切にすることと同じです。
光も闇も、持っていて当然です。
それが人間です。
それがあるからこそ、この世に生まれたのです。

自分を愛することを、怖れないで下さい。
誰かを愛することを、怖がらないで下さい。

あなたの傷は、美しいのです。
傷を愛に変える方法を、あなたは知っています。
自分を被害者にしないことです。
自分を被害者にすることを止めたら、傷は愛に変わります。
あなたの傷は、愛です。

被害者でいることを止め、自分の心の声に耳を傾けて下さい。
そこにある本音を、しっかり受け入れて下さい。
その声を聴いてどうするか、あなたの自由です。
どうしたいかは、あなたの本心や本音が知っています。

わたしはもう一度、後ろ髪を引かれるように青空を見上げました。

夏の青い空は、くっきりはっきりどこまでも広がっています。
その向こうに未来があります。

わたしは未来に向かい、また一歩足を踏み出しました。


終わり

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美しく生き、自分で自分を幸せにするガイドブック

あなたは、被害者や加害者として自分を生きていませんか?

あなたは、そのどちらでもありません。

自分に~だから、というレッテルを貼るのは、止めましょう。

そのレッテルが、あなたを作ります。


貼っていいレッテルは、これだけです。


「わたしは美しい」

これで、十分です。

そう あなたは美しい。

誰が何といっても、そうですからね!


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