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レディー・ドラゴン セックスレスな妻たちへ

夫とのセックスで感じたことがない妻~レディー・ドラゴン④~

その時、璃宇はフッとこんな言葉を思い出した。
「わたしを司っていたのは、わたし自身である子宮」
それは、ネットで見つけたあの小説の中の一文だった。
どうして今この言葉が、記憶の引き出しから飛び出してきたのかわからない。

璃宇がその言葉を覚えていたのは、子宮が自分を司る、だなんて大げさだ、と思いながらも、揚げ物の油が肌に飛ぶような痛みを感じたからだ。
その小説のヒロイン、秀吉の妻寧々は、夫に一度も抱かれないまま処女で人生を終えた。
けれど自分は夫に抱かれ、子供も二人産んだ。私は寧々とはちがう、と璃宇は頭を振る。

「それは、あんたが本当はそう思っているからじゃないの」
じれったそうに子宮が叫ぶ
「えっ?!」
「んもう!何、カワイコブリッコしてるのよ!
いい加減、本音を出してみたらどうよ!」
本音って何?と思い、璃宇はお腹を押さえる。
自分の本音はちゃんとわかっているし、知っている。そんなこと当然よ、と言い返そうとした時だった。
「ちーがーうー!」
子宮が、じれったそうに叫ぶ。
「あんたは、小説の寧々と自分はちがう、と思ってるんでしょう?
じゃあ、どうしてその言葉を覚えていたの?
子宮、という言葉に強く反応したの?」
それは、子宮、子宮と何度も連呼する小説に驚いたからだ、と反論しようとした。
すると
「ほ~ら、また上手にごまかし、奥様理論に逃げようとする!」
子宮はビシッ!と言葉で璃宇の頬を叩く。
「あんた達奥様は、家庭のため、子供のため、旦那のため、親のため、という隠れ蓑に自分の本音を隠して、ずっと誰かのせいにして生きているのよ!
だけど、そんな人生、つまんなくない?
それで女を終えちゃっていいの?
そんな生き方で楽しいわけ?」
子宮の追及は容赦ない。次々鋭いナイフのように言葉が璃宇に飛んでくる。
璃宇の心に突き刺ささった刃は、生理のような真っ赤な鮮血をにじませ、下腹部は重だるく懐かしい痛みに襲われる。


「ほら、あんたの代わりに私が痛みを感じているのよ・・・・・・・」
さっきまでの威勢の良さは消え、子宮は急に苦しそうにうめく。
「どうしたの?」
怖さも忘れ、璃宇は声をかける。
「まだわからないの?
あんたが目をつむった心の痛みや苦しみ、体の快感を押さえる辛さや我慢は、全部つけになって私に周ってくる。
ねぇ、そんなに自分の本音を開くのが怖い?
何もなかったフリをしてまで、生き永らえたいの?」
恨めしそうな子宮の声に、璃宇は床からお尻を上げフローリングに正座する。そして時間の雲をかき分け遠い昔、夫とセックスを交わした記憶を探るった。
自分の子宮が言いたいのは、夫とのセックスのことだろう、と璃宇は見当をつける。彼とのセックスは気持ちよかったこともあるし、それを快感、と言うならそうだろう。
でもそもそもセックスなんて人生を占める大切な要素でもないし、それがどうだって言うんだろう、と璃宇は首をかしげる。
篤姫だって、たった一度だけの契りだった。
初体験に、快感なんてなかったはずだ、と璃宇が決めつけた時だった。
「あのね、篤姫とあなたではセックスの意味がちがうの!
深さや、そこに込めた思いがちがうの!
している行為は同じだけど、そこに込められた思いは、天と地ほどもちがうの!」
さっきまで息も絶え絶えだった子宮は、また立ち上がり、痛烈なナイフを璃宇に投げつける。
「あんたのセックスが、彼女のように深い思いや愛情が込められていたら、私がこうして出てくるワケないでしょう?
あんたがしょーもないセックスばっかりして大根役者になるから、私が全部その痛みや苦しみ、じれったさを抱え込まされたのよ。
私の痛みは、あんたが原因なのよ!」
「わ、私だって、夫に深い思いや愛情を込めていたわ!」
「嘘ばっかり」
子宮は、ふんっ、と鼻で笑う。
「なら聞くけど、夫を愛していたらどうして夫の名前を忘れるの?」
「それは・・・・・・」
璃宇は口ごもる。
すると、子宮が皮肉っぽく言う。
「正直に言ってみなさいよ。
私は、夫とのセックスで感じたことのない妻です、って」
璃宇の頭は、真っ白になった。
私は、夫とのセックスで感じたことがない妻なの? と自問自答する。
「セックスで感じたことがない」
そのフレーズは何度も璃宇の中でリフレインし、心を引き裂く。

気づけば璃宇は涙を流していた。
「そうよ。
私は夫どころか、他の男とのセックスでも感じた快じたことのない女なのよ・・・・・・・」


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