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レディー・ドラゴン セックスレスな妻たちへ

目指せ、卒婚!~レディー・ドラゴン⑯~

翌朝夫は昨日のことなど何もなかったように、寝起きのボサボサ髪とパジャマでキッチンに現れた。
「やぁ~、あれから寝ちゃったなぁ」
と苦笑いする彼に、璃宇もフッと笑い
「私もあれからすぐ寝たから」
と言った。
けれど心の中で「なによ!ふにゃちん!」と毒づく。
ソファーで新聞を広げた夫はすっかり会社を辞め、この家をリフォームしてカフェをする気になり、ここはこうしたらどうだ、と朝からリフォームの話しにうるさい。
そんなことはもっと先の話しだろう、と心の中で突っ込むが、お腹にひっこめ「まずはどれくらい退職金が出るのか、失業保険がもらえるか、確認してね」と夫に念押しした。
彼が会社に出かけるために家を出ると、コーヒーの入ったマグカップを手にソファーに座った。

夫が退職すると同時に熟年離婚する妻が多い、と聞くけどわかる、と璃宇は一口コーヒーを飲む。
それまで離婚は他人事だと思っていた。
しかし昨日のことで俄然、現実めいて璃宇を震わせた。
今もし夫と離婚したらどれくらい慰謝料をもらえか、夫の退職金は妻にも分けてもらえるのか?
不安になった璃宇は、ソファーから立ち上がりパソコンを開く。ネットで調べると、夫の退職金も夫婦共有財産なので財産分与の対象になり、まだローンの残っている家も共有財産であることがわかり、ホッとする。
「そりゃ、そうだわ。私が家を支えたから、あの人は仕事ができたんだもの。当然、妻にも退職金を半分もらえる権利はある。
もう子供達も成人したし、私も自由になってもいいはず!」
璃宇は何度も首を縦に振り、自分の言葉に頷いた。

璃宇は去年父を亡くし、母は近所に住む妹夫婦と同居している。
母の遺産は面倒をみている妹のところに大半譲ることにしているが、父が亡くなった時、璃宇は五百万円ほどの現金と百万近い株券を相続として譲り受けた。
璃宇が働いて得たお金も自分名義の貯金として置いてあり、それらを合わせると一千万円近くになる。
そこに夫の退職金を半分もらえたら
「離婚しても、何とかなるかもしれない。」
と思うと、気持ちに余裕ができ笑えてくる。

以前テレビで有名な力士と年上の才色兼備のアナウンサーの妻が「卒婚」した、とニュースになっていたことを思い出す。
離婚、というネーミングだからネガティブで後ろ向きの印象だが、卒婚ならポジティブで前向きな未来をイメージできる。
卒婚、という言葉が今の璃宇には、メイフラワー号に乗り新大陸アメリカを目指した移民達のように希望の輝きを秘めた言葉に思えた。
パソコンを閉じ大きく背伸びをすると、窓から澄み切った晩秋の青空が見えた。

その夜、会社から帰った夫に退職金の額を聞いた璃宇は愕然とした。
それは璃宇が予想していたよりも少なかった。
三十年以上会社に尽くしたのにサラリーマンとはこんなものか、と思うと、彼が自分でカフェをしたい、という気持ちもわかる気がした。
だがそれと璃宇が夫とこれからも夫婦として続けていくかは、別の問題だ
あれから表面上、何もなかったような穏やかな時間が過ぎている。
夫はこれまで通り会話はするが、璃宇の体に触れてこようとしない。
このままだと自分はセカンドバージンのままだ、と璃宇は焦るが、自分から行動もできない。
しかもあれから、ダイエットは停滞している。
ファスティングで五㎏痩せたが、それからずっと体重計の数字はわずかな誤差を行ったり来たりしているだけだ。
イライラやストレスがたまり、気がつくとポテトチップスを一袋食べ尽くし、自己嫌悪と罪悪感に陥る。
焦る璃宇とは反対に、夫は退職に向け料理教室に行き始めた。
そして調理師免許の勉強も始め「カフェ経営のセミナーに行くから、しばらく忙しくなる」と生き生きした顔で毎日を過ごしている。
彼の中で自分が話した未来に璃宇はついてくる、と勝手に決めているのが、しゃくに触る。
まだ全部OKを出したわけじゃない、と璃宇は彼のワイシャツをクシャクシャ、と丸め、洗濯機に投げこんだ。
張り切って始めたダイエットだったが、しぼんだ風船のようにすっかりダイエットへの意欲を失っていた。
一度し大きくふくらみ、パン!とはじけた風船を、もう一度ふくらませるのはむつかしい。
何とかやる気を出そうと、スマホを取り出し薫子に電話をした。

「また口先だけだったのよ!!」
璃宇は薫子に電話しエキサイトし、これまでのいきさつを話す。
薫子が笑いながら聞いてくれたので、一通り話すと気がすみ、璃宇の気持ちもクールダウンした。
「ねぇ、落ち着いた?」
話が途切れた時、薫子が璃宇に聞く。
「ありがとう、聞いてくれて。だいぶ楽になった」
「そう、よかった。
璃宇のダイエットが低迷している原因って、目標を見失なったからじゃない?」
「目標?」
「ほら、忘れてる。あなた言ってたじゃない?夫以外の男とセックスしたい、って。
そのためにワンピースも買ったでしょう?」
「ああ・・・・・・そうだった。でも今のままだとあのワンピース、箪笥のこやしよ」
「だったら、またやる気を起こさせたらいい。
人生もダイエットも、揺るぎないゴールの設定が必要よ」
「わかってるけど、一度失ったやる気はすぐに戻らないわ」
「戻らないじゃないの、戻すのよ!」
「どうやって?」
電話の向こうで、しばらく沈黙があった。
そして薫子は言った。
「ねぇ、ホストクラブに行ってみない?」


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