「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第十二話 愛は態度だけでなく、言葉でも伝えたい
愛は態度だけでなく、言葉でも伝えたい
この時から、私は心から望んだものができた。
家定様とのお子だ。
私と家定様とのお子が産まれ、その子が男子であれば将軍の跡継ぎについて何の問題もなくなる。
もし私にお子ができれば、家定様も未来に希望が持てるのではないか、と思った。
「のう、幾島。
もし私と上様の間にお子ができたのなら、義父上様も一橋慶喜様を推さず、私達の子を時期将軍へと推して下さるのではないか?」
「はい、それはもちろんそうできれば一番ようございますが・・・。」
いつもは、ハッキリと物申す幾島は口ごもった。
私は幾島の目を見て言った。
「昨日、初めて上様と結ばれた。まだ上様はお若い。
元気いっぱい、というわけではないが、私との間にお子を作ることもまったく可能性がないわけではない。
私はほんのわずかでも可能性があるならば、それに賭けてみようと思うのだ。幾島、私に協力してはもらえないか?」
幾島は目を伏せ、頭を下げた。
「承知いたしました。
御台様がそのようにご決意を固めておられるのでしたら、私から西郷を通じ、斉彬様にそう申します。
が、御台様、その可能性を持ちながら一橋慶喜様を上様に推していただくこともお忘れなきようにお願いいたします」
「幾島、次の将軍について上様の見解があるのだ。
やはり上様はこの国のことをしっかり考えておられる。もちろん、お義父上様もそうだ。
だが、今のこの国の状態を一番わかっているのは上様はよくわかっておられるのは上様だ。
上様がお決めになることを、私はどうのこうのと申せない。
今はそれよりもほんのわずかでも、私と上様のお子ができる可能性を探りたい」
ぴしゃりと言うと、幾島がますます困った顔をして目線をそっと外した。幾島はお義父上様に忠実だから、私の返答に困っているのがわかった。
私も自分が何を背負い、大奥に来たのかわかっている。
わかった上で、やってみたい。
叶えてみたいのだ。
強く拳を握った時
「歌橋様がお越しでございます。」
と、侍女が家定様の乳母で本当の生母である歌橋を連れてきた。
私は少し緊張しながら、彼女の前に出た。そして二人だけで話せるよう幾島にも席を外させ、人払いした。歌橋がほっ、と肩を降ろすのがわかった。
「御台様、ご機嫌麗しくて何よりでございます。
本寿院様が、昨日は上様と御台様が一緒に休まれたことを喜ばしく思っているのでお伝えするように、と託かってまいりました」
ほんとうか?私は心の中で驚いたが顔に出ないよう、膝を押さえた。
そして家定様を自分の出世の道具にした女と、そのために自分の子どもをさし出した女の言葉に真実があるのか、探ってみたくなった。
「そなたが言われた通り、上様は本当はとても利発な方であった。
これまで命を狙われたこともあり、愚鈍なフリをしておられたが、何よりもこの国のことを考えておられるのがわかった。
そして上様は、大変お菓子作りがうまい。
私も食べさせていただいて、驚いた。
上様はもし自分がこのような身分でなければ、菓子を作るお役目につきたかったそうだ。
自分が作った菓子を食べてもらい、人に喜んでもらうのがすきだそうだ。
本当の上様は、ただただ自分が得意なことで人に喜んでもらうだけで、幸せなのかもしれない」
うつむいていた歌橋の肩が震えていた。
歌橋は、顔を上げて言った。
「上様が、そのようなことを・・・・・・」
「ええ。そして、このようにも言われた。
もし私がこの世を去り、今度菓子職人として生まれ変わっても、私の妻でいてほしい。
自分の作った菓子を食べ、笑っていてほしい。
いつまでもずっと自分のそばにいてほしい
そう、約束してほしい、と言われた」
なぜだかわからないが、言いながら目から涙が出てくるのに気づいた。
家定様はまだお元気だというのに。
私のそばにいる、というのに。
歌橋を見ると、歌橋も目を真っ赤にして必死で涙をこらえているようだった。
私は涙を流したまま、言葉を続けた。
「私は、上様に約束した。
今度生まれ変わっても、美味しいお菓子を作って私に食べさせて下さい、と。
でも、今はまだ上様と一緒にいたい。
できれば、上様との間にお子がほしい。
無茶な望みなのは、よくわかっておる。
が、それが上様の希望になるかもしれない。
私はこの先もずっと上様と一緒に生きていたい。
あの方を支えていきたいのじゃ」
歌橋は畳に伏して、頭を下げた。
「御台様、ありがとうございます!!本当にありがとうございます。
上様がそのようなお言葉を、言われたのですね。
生きる希望を持たれたのですね。よかったです。本当によかったです。
上様は苦しいことだけではなかったのですね。
生きておられて楽しいこともあったのですね。
御台様のおかげです。
御台様にお会いできたからこそ、上様は希望が持てたのです。
歌橋、心より御台様に感謝いたします」
顔を上げた歌橋も、涙を流していた。それは大奥で家定様を育てた乳母ではなく、自分が産んだ子を泣く泣く龍に差し出した母親の顔だった。
私は目を閉じ、上様を思った。
ああ、家定様・・・・・・あなたは、愛されておられますよ。
たぶん歌橋はやむにやまれぬ理由があり、あなた様を本寿院様に差し出したのでしょう。
本当はあなたを、我が子だと抱きしめたかったはず。
安全な場所で、自由に生かしてあげたかったはず。
けれど決して口に出せない大きな愛で、あなた様をずっと見守り愛していたのです。
私は歌橋の上様への愛を吸い込んで、言葉で出した。
「歌橋、上様を育ててくれてありがとう。心より礼を申します。
あなたがいたから、私は上様と出逢うことができました。
たとえ上様がどんなお方であろうと、私は上様を心より愛し受け入れています。上様を大切にお守りいたします。どうぞ、ご安心下さい」
歌橋は目を見開き、口を開いてと私の顔を凝視した。
何か言いたそうに口ごもったけど、言いだせずその場で固まった。
私は決して言葉に出せない思いを、精いっぱい笑顔に込めた。
歌橋はついに両手で顔を覆い泣き始めた。
私は歌橋のそばに行き、彼女の肩をそっと抱きしめた。
お母様・・・
私の愛おしい人を産んで下さったお母様。
ありがとうございます。
そう思いを込め、歌橋の背中をさすった。
愛する我が子に母と名乗れず乳母としてそばにいる母親と、一縷の望みをかけ愛する人との子を望む私。
オレンジ色の夕陽が部屋に差し込み、私達をあたたかく包む。
形は違えど、切ないほど美しい愛がそこにあった。
私は身体中が愛に満たされながら家定様に、子の愛を伝えたい、と思った。
目に見える愛だけが、愛ではない。目に見えないけれど、目に見える愛よりも深い愛がある。私達はどれだけの愛に気づかず、生きているのだろう。愛に背中を向ける方が楽なのかもしれない。だが愛はその背中さえも包み込む。
歌橋の愛は、私にそのことを教えてくれた。それが名乗ることを許させない母の愛だ、と。
伝えたいけれど伝えられない愛は、どこまでも深く私の中に沈み込む。
だけど私は伝えられる。歌橋の愛も、私の愛を。
愛は態度だけでなく、言葉でも伝えたい。
上様にお伝えすることを私は夕陽に誓った。
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運命を開き、天命を叶えるガイドブック
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それは、誰に一番伝えたいですか?
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愛は態度と言葉でしっかり伝えましょう。
あなたがそうして欲しいように、相手もそうして欲しいのです。
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