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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第二十話 今の自分を超えたい!

今の自分を超えたい!

忠刻ダーリンを失った本多家は、跡取りを弟の政朝様が継ぐことに決まった。私は勝姫を連れ、政朝様にお祝いの挨拶に行った。
おめでとうございます、と頭を下げた私に政朝様は恐縮し、笑顔で言った。
「義姉上、いつまでもこの姫路城に留まり下さい」
政朝様も忠刻ダーリンに似て心優しい方なの。
政朝様のすぐ横に座っていた義父上は、最愛の妻熊ママを失いげっそりとやつれていた。そして勝姫を手招きし、自分の膝に乗せ愛おしそうに抱きしめ言った。
「みな、いなくなるとさみしくなる。よかったら勝姫と一緒にそばにいてくれないか」
義父上様の目に涙が光っていた。私は心が熱くなり、感謝の気持ちでいっぱいになった。本当に、ありがたかったわ。

だけど、私はここを去る覚悟を決めていた。夫も息子も失った今、私がここにいる理由が何も見つからなかった。
二度も夫や子供に先立たれながらも私が生かされている理由があるのなら、やるべきことはこの地ではない気がしたの。

そして忠刻ダーリンを失いこれからどうしよう?と迷っていた時、江戸から使いが来た。将軍になった弟の家光からだった。
家光からの手紙にはこう書かれていた。
「姉上、どうぞ江戸にお帰り下さい。
そして私と一緒に暮らしましょう。
姉上は何も心配せずとも大丈夫です。
勝姫と共にぜひ江戸にお帰り下さい。
心よりお待ち申し上げております」

私は家光からの手紙を胸に抱きしめた。
彼は私が大阪城に嫁いでから生まれた弟だから、ほとんど一緒に過ごしたことはないの。豊臣を離れ、忠刻ダーリンに嫁ぐまでのほんのわずかな期間を共に過ごしただけ。それなのに私を気遣い手紙を送った家光の思いがうれしかった半面、江戸城にいる彼の孤独を感じた。
家光は長男なのに親の愛情に恵まれなかった。二歳下の忠長がパパとママの愛情を独占し、彼を跡継ぎにさせようとしていたことも彼の心を傷つけた。
家光は子どもの頃からさみしさを抱え、親の愛情に飢えていた。
家光の乳母の福は一生懸命家光を守り、おじいちゃまに家光の立場を訴え、三代目の跡継ぎに決定させた。
私がそんな経緯を知ったのは、ずいぶん後になってからだった。さすがにママもパパも私にその話はしたくなかったみたい。
でも何も知らないからこそ、家光も私に心を寄せてくれたのかもしれない。

もちろん私にとって家光も忠長も可愛い弟だけど、小さい頃からちやほやされて育った忠長は、私のことなど気にもかけていない。
どうして自分が将軍になれないんだ、と文句ばかり言うから、あまり近づきたくない。
家光は夫を失った私に手を差し伸べてくれた。
だったら私はその手を受け取ろうと思う。
それに江戸城は、まだパパがいる。

自分の城に戻った私は勝姫に言った。
「お母様と江戸に帰りましょうか。
 江戸には徳川のおじいちゃまと叔父ちゃまが、私達を待っているわ」

「お母様、江戸ってどんなところ? 播磨とはちがうところ?」

「そうねぇ、播磨よりもっと人が多くて賑やかで、ワクワクするところかな?」

「楽しそう!わたし、お母様と江戸に行く!
徳川のおじいちゃまとおじちゃまと一緒に暮らす!」

勝姫は目を輝かせた。
頬を赤くし、刑部卿局に江戸の話をせがんでいた。
この子にとっても父や祖母を亡くした姫路城にこのまま居続けるのは、つらいことだったのでしょうね。

いくら本多家が良くしてくれたとしても、跡継ぎを失った私は気を遣う存在だったでしょう。
ふつうの嫁ならとにかく、将軍の姉でもある私を粗末に扱えないという苦労もあるし、それは本多家のためにならないを私は知っていた。
それにね、まだパパが生きているから実家の方が楽だわ。
やはり女は自分の実家の血を重んじるもの。
仕方ないわよね。

翌日私は政朝様に頭を下げた。
「私は勝姫を連れ、江戸に戻ります。弟の家光から江戸に戻って来て欲しい、と言われたのです。
せっかくのお申し出を叶えず、ごめんなさいね。
そのお詫び、というのも何ですが、私が嫁入りの時に持って来た化粧領もすべて本多家の所領として政朝様にお渡ししますので、治めて下さい。
それこそ私が確かにこの地に居た、という証になります。
政朝様なら、きっとよい領主になります。
どうぞ、勝手を言いますがわたくしをお許し下さい」

家光の名前を出したら、聞き入れるしかないでしょう?政朝様も内心ホッとされたと思うわ。それからしばららくし私達が播磨を去る日がやってきた。政朝様と義父上は、涙ながらに渡しと勝姫を見送ってくれた。それだけでも十分だったのに、たくさんの播磨の民達も私達見送り手を振ってくれた。名残惜しく本当にありがたいことだった。
輿に乗った私は小さな窓のすだれを上げ、播磨を振り返えった。そこにはたくさんの愛の記憶があった。しばらく感傷にふけり、愛と悲しみに満ちた播磨の地に別れを告げた。
だけどその時の私は大阪城に別れを告げた時のような胸がふさがれ息がつまるほど悲しい気持ではなかったの。

「ここで、やるべきことをやった」
潔い思いだった。
私はもう過去は振り向かないと決め、窓のすだれを下げた。

この時、私は三十歳。
二度の結婚を経験し、二人子どもを産み、一人を失った。生まれなかった子も何人かいた。
これだけを見ると、同じような体験をした女性はいくらでもいて、私だけが特別な存在ではない。
だけど刑部卿局の言葉を借りるなら「不幸のプリンセス」として、いつも好奇と憐みを含む世間の目にさらされていた。
世間はどう思っているか知らないけど、私は私なりにいつも前を向いて歩いていた。そしてこれからもその姿勢は変わらない。私は前だけを向いて歩く。

唇を噛みしめた私の耳に、寧々ママの声が聴こえた。
寧々ママは二年前に亡くなっていた。
亡くなる少し前に甥の息子を養子にし、豊臣家を継がせていたの。
「運命に流されているだけでなく、運命を操る女になるのです」

今回の私は嫁いだ本多家を出て実家である徳川に帰る、という運命を選んだ。十九歳の時の私とは、ちがう。
あの時は説得され、豊臣を出た。自分の意志ではなかったわ。
けれど今回は自分で決めたの。
自分の意志で、また徳川に戻っていく。

幸せに保証などない。
必要なのは、「幸せになる!」という決意だけ。
今回の結婚はそう決めて結婚したの。
たしかに幸せだった。
だけどこんな結末を迎えるとは、予想もしていなかった。
でも彼と結婚し、播磨に来たことはみじんも後悔していない。
心からよかったと思える。

三十歳の私は江戸に戻り、新しい人生を歩いていくことを決めた。
誰かに幸せにしてもらうことを止め、自分の生きがいを見つける。
これまで見たことのない私になりたい。
今の自分を超えたい!
今の自分を超え未知の自分に会うため、江戸に戻り新しい扉を開くの。
そこに保証なんて何もないわ。だけど、保証なんて必要かしら?
今までの人生を振り返ると、保証されていることなんて何もないことに気づく。

私は自分が決めた道を歩くだけ。
それが運命を操ることよね?
そうでしょう?寧々ママ
そう問いかけ、一休みして輿から降りた海が見える丘の上から十一月の蒼く高い空を見上げた。深呼吸すると、潮の香りがする。
鰯雲の向こうで、寧々ママが微笑んでいる気がした。

私は、もう過去を振り向かない。
東に進む。
そこに、新しい自分が待っているのを知っている。

青い海に向かって叫びたいところだけど、刑部卿局にとんでもない!と怒られるから、心の中で叫ぶ。

さよなら、姫路城。
さよなら、播磨。
さよなら、本多家の嫁の私。

これまでの忠刻ダーリンとの楽しい時間や、本多ファミリーとのあたたかい思い出が走馬灯のように頭を巡る。

一粒だけ涙を流し、私は前を向く。
前しか見ない。

そこに新しい未来が、待っている。
私の乗った輿が、どんどん播磨を離れていく。

そして一歩ずつ新しい未来の扉に近づいていく。


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愛し愛され輝いて生きるガイドブック

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