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「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第十四話 あなたは本物のソウルメイトです

あなたは本物のソウルメイトです

私と家定様が一緒に過ごした時間は、両手からサラサラと流れていく砂のように儚い夢のような時間だった。
わずか二年足らずの結婚生活。
けれどこの二年間が私を強くし、私を変えた。

「もし私がこの世を去り、今度菓子職人として生まれ変わっても、私の妻でいることを。
私の作った菓子を食べ、笑っていることを。いつまでもずっと私のそばにいることを」

そう家定様と私は約束をした。
私は今も約束する。
必ずもう一度あなたの妻になると、指切りした自分の小指を見つめた。
だが私は家定様の最後に寄り添えなかった。

安政五年七月、家定様はこの世を去った。

家定様を失ったこの年は、さまざまなことが怒涛のように起こった年だった。
この年の四月、紀州の徳川慶福様を時期将軍に推す南紀派の井伊直弼が大老に就任した。
六月に孝明天皇の許可を得ないまま、アメリカ人のハリスとの間に日米修好通商条約を結んだ。
この行動が一橋派から攻撃を受けることになり、二つの派閥争いが激化した。
この混乱を治めるため、家定様は時期将軍を徳川慶福様に決定した。
これら一連の流れや争いは、家定様を心身ともに消耗させた。
私と家定様はこの頃からなかなか会えない時間が続いた。

最後に家定様にお会いしたのはいつだっただろう。
そうだ、あれは夏が足音を立てて近づいてきた初夏の夜だ。
庭から虫の声が鳴り、暗い夜空には煌々と大きく美しい満月が輝いていた。
私達は一緒に満月を眺めていた。

「上様、最近はたいそうお忙しいご様子ですね。大丈夫ですか?」

「そうだな、正直、疲れた。御台には悪いが、時期将軍は紀州の慶福にした」

「いえ、そのようなことはございません。
上様がお決めになったことに、私は心より賛同いたします」

「御台にお願いがある。」

「何でしょう?」

「慶福は若干十三歳だ。彼を私達の息子として、支えてやって欲しい」

「上様、そのようなこと!!」

「御台が私との間に子を望んでいたのは、知っていた。
できれば、叶えてやりたかった。が、もう無理だ。
私にはあまり時間が残されていないような気がする。
だから、慶福を残していく。
彼を私達の子だと思って、将軍に育ててやって欲しい」

「上様、そのような悲しいことを言わないでください。私はいやです!!」
「御台、よく聞いて。私のような偽物の将軍を愛してくれてありがとう。
誰にも言えなかったこの秘密を一緒に抱えてもらえただけでも、例えようもないくらい楽になり幸せだった。生きていてよかった、と心から思えた。
残された時間はあまりないが、御台の時間はまだまだ続いて行く。
慶福を一人前にしたら、あとは自分のすきなように人生を生きるのだ。
徳川から出て薩摩に帰ってもいい。
何でも自分がやりたいことをしたらいい。
御台はパワーがある。
きっとやりたいことを叶えていくだろう。
だから、すきなように生きていいんだ」

「そのようなこと・・・・・・私は、上様の妻以外やりたいことなどありません!!」

「大丈夫だ。きっとやりたいことは見つかる。御台は健康だし、何でもできる。
私がやりたくてもできなかったことをどんどんやってほしい。
徳川に縛られることなど何もない。
ただ、龍から徳川のバトンを託されたように、慶福にバトンを無事渡せるようにだけしてほしい。
それだけだ」

「ダメです!私はまだ上様の芋菓子を食べさせてもらっておりません!!
まだそれを食べない内は、そんなお約束はできません」

私はわざとプイッと横を向いた。
家定様はそんな私を優しく抱きしめて言った。

「篤子、私の愛おしい篤子
美味しいお菓子は次に一緒に生まれ変わった時に、その可愛いお顔が真ん丸になるほどたくさん食べさせてあげよう。その時まで待っていて。
今度は偽物の私ではなく、胸を張って会える本物の私でいるから。
ちゃんと母に育ててもらうから。
健康で元気なイケメンに生まれ変わっているから」

初めて家定様が私の名を呼んでくれた、最初で最後の瞬間だった。私は胸が熱くなり、涙がこみ上げた。

「家定様!あなたは本物のソウルメイトです。
私の魂の一部です。あなたがどんな顔形になっていても、きっとわかります。きっと見つけます。だから、今はしっかりあなたの顔を見せて下さい。
触れさせて下さい」

そっと触れた家定様のお身体は、以前よりさらに骨ばり悲しいくらい痩せていた。顔色も悪かった。
だけど、私は奇跡を願った。
それから家定様は公務が忙しくなった、という理由で会えなくなった。
いつお会いできるのか?
上様のご様子は、いかがなのか?
と、何度もなんども表に問い合わせていた時に、薩摩からお義父上が亡くなった、という知らせを幾島が受け取った。
私達は、抱き合って泣いた。
お義父上様の願いを果たせなかった不甲斐なさに打ちひしがれながら、私と幾島は胸がつぶれる思いだった。
お義父上様の無念を思い、忍びなかった。

そのショックが冷めやらぬ数日後、滝山が上様ご逝去の知らせを持って来た。家定様がこの世を去ったことを知ったのは、家定様が亡くなった一ヶ月後のことだった。
大奥の者では誰ひとり、家定様ご逝去の知らせは入ってこなかった。
私達は完全に置いてけぼりにされていた。
ここではそういう習わしだったそうだ。
なんと残酷な習わしだろう。
私が病床についた、という噂の家定様の体を案じている時、家定様はあの世に旅立たれていたのだ。

愛する人の最後を看取ることも、ここでは許されなかった。私は畳をかきむしり、歯ぎしりしてありったけの罵詈雑言を叫び、体中の水分を振り絞った涙を流した。
私は思わず、その場を立ち上がって走り出した。
後ろから滝山と幾島が
「御台様、どちらに!!」
と走りながら叫んでいた。

私はその声を振り切りながら
「上様のところに参る!」
と一心不乱に走った。
大奥と表を分ける錠のかかった扉の前に来ると、たくさんの侍女達が両手を広げ、私を妨げた。
「なりませぬ!御台様!!この先は表です。大奥のものはその先には行けない掟です」

何が大奥だ!
何が掟だ!!
そんなものは破るためにある!
通せ!!
私はそんなものに縛られぬ!!

激情にかられた私は侍女達をグイッと押しのけ、力いっぱい払い飛ばした。
そして自ら錠に手をかけ、外した。
ギギギッ―――――と地の底から響くような音があたり一面に鳴り、中と外を分けていた重い扉が開いた。
表の扉のむこうにいた家臣たちが目を見開く中、叫んだ。
「私を上様のところに、案内せよ!!」
驚いた家臣の一人が私を先導した。

その部屋に家定様はおられた。
もうすべて終わった後だった。
見事な祭壇だけがそこにあった。
それは「ようやく会えたね」と静かに微笑んでいたようだった。
やはり本当だった、と信じざるを得なかった私の身体中から力が抜けた。へなへなとその場に座り込んだ。
「う・・・上様・・・い、家定様・・・」
両目から涙が洪水のように噴き出した。

「どうして・・・どうして・・・」
それしか言葉が出なかった。

その時、私は背中からふわりと抱きしめられた。幾島だった。

幾島はこれまで聞いたことのないような優しい声で言った。

「御台様、戻りましょう」

「いやだ!ここにいる!上様のそばにいる!!」

私は駄々っ子のようにせがんで泣いた。
この世のどこにも、もう家定様はおられない。だけど私の心も体もこの事実を受けれられずにいた。

その時だった。
「そのように取り乱すから、大奥には上様がお亡くなりになって一ヶ月後に知らせるのでございます」
首筋から冷たいナイフを当てられたような声が聞こえた。

い・・・
一ヶ月も前・・・
あまりのことに涙が噴き出ていた涙が止まった。

振り向くと、大老の井伊直弼が苦々しい顔で立っていた。

「御台様、さぁ、まいりましょう。」
幾島が再び私を立ち上がらせ、背中を押した。

「チッ、まったくこれだから、女は・・・・・」
井伊が小さな声で舌打ちした。
その声を拾った私は、かっちーん!と来た。

「無礼者!そなたには、愛するものを失った悲しみがわからぬのか!
家定様はそなたにはわかるはずもない、すばらしいお方であった!!
悼まれて当然じゃ!!」

これまで女に怒鳴られたことなどなかったのだろう。
井伊は呆然として口を開いていた。

「上様にお別れを告げることができた。もうよい!」

私は幾島の手を払い上様との約束を果たす決意を胸に秘め、大奥へと向かった。
新たな戦いが始まった。

※初稿を書いた8月14日は、偶然にも徳川家定の命日でした。

安政5年7月6日(1858年8月14日)



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