万葉の恋 第19夜
2.4
「どういうことだよ」
「何が?」
外回りの後、呼び出された私は
いつもの喫茶店で彼と向かい合う。
結局、昨日は
詳しく話せないままだった。
「お待たせいたしました」
目の前に2つ並べられた鉄板。
肉厚のハンバーグにナイフをいれる。
間から立ち上る湯気と染み出す肉汁。
美味しそうなハンバーグは
彼から視線を外す
ちゃんとした理由になった。
「韓国って」
「あぁ、前から話はあってたみたいよ。
そこにSakura先生が拠点を移すって
話があって。まぁ、向こうの出版社との
パイプ的な役割なんじゃない?」
「なんで、お前なんだよ」
“お前は嫌い”
・・言葉を水と一緒に飲み込む。
「だって、あんた
手離せないでしょうが」
・・うん、美味しい。
切り分けたハンバーグを口に入れて
何度が頷いて・・
「・・食べないの?」
彼の手が動いてないのが見えた。
「期間どのくらい?」
「・・・さぁ?・・冷めるわよ」
「さぁって・・お前」
「だって、わかんないでしょ。
大体、電子書籍がメインの国で
紙媒体で通すのよ」
私の言葉に大きくタメ息をつく。
「・・ねぇ、何のため息よ。
大変なのは私なんだけど」
「わかってるよっ」
ようやく、持っていたナイフで
ハンバーグを半分にした。
・・・なんだ、こいつ
図体ばかり大きくなった男の子が
拗ねながらハンバーグを食べてる。
思わず、笑ってしまった。
「なんだよ」
「ん~・・」
一瞬、どうしようか迷ったけど
もうすぐ会わなくなるし。
「・・三上」
「んー」
「淋しい?」
「・・・・・・・・・・あぁ」
こっちを見ない彼に呟いた。
「ざまみろ」
~・~・~・~
トイレから戻る通路の途中、
待っていた彼から荷物を受け取って
歩きはじめた私を声が追って来た。
「“ありがとう”は?」
「ここ、払ってくれたのよね?」
「・・払ったよ」
「ありがと」
「・・どういたしまして」
扉を開け外に出ると
冷たい空気が体に張り付いて
足が止まってしまった。
「寒っっ」
足を止めた分、さっきより
彼が近づいて、頭の上で声が聞こえた。
バッグを持つ手に力が入る。
「・・もう1つ、回ってから帰る」
「・・あぁ、わかった。
じゃ、先帰っとく」
私の横を通り過ぎて歩き始めた
彼の背中を、今度は私が見送る。
やっぱり、振り返らない・・か。
振り返ったからと言って
別に何も変わらないけど。
でも、もう少しで
その背中ですら見えなくなる。
その時、
フワッと優しく風が吹いた。
・・・・。
不思議な感覚だった。
風は変わらない。
さっきと同じ温度で
冷たく私を包んだのに・・
それを優しいと思った瞬間、
魔法にかかったみたいに
私の固くて冷たい気持ちも
とけていくのがわかった。
あぁ、そうか・・。
雑踏に消える彼の姿。
少しだけ、喉の奥が熱くなったけど
自分でもわかった。
やっと、笑えた。
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