万葉の恋 第9夜
12.15
私達は、長崎にいた。
「まあ、遠い所をありがとうございます。」
小柄な女性が出迎えてくれた。
「いえ、こちらこそ。ご挨拶が遅れました。
立花漣歌と申します。」
ここは、彼の実家。5年ぶりの帰省に
落ち着かないのか、キョロキョロしていた。
あのプロポーズから
ようやく合わせられた休み。
“結婚”の報告に来た。
5年の時間が経ったのは、
実際、忙しい事もあったが、帰る度に
周囲から“結婚”の圧が増していくのを
かわす事に疲れるというのも
理由の1つだった。
皮肉な事に本心を隠し続ける辛さは
嫌という程わかる。
それが、最近になって、母親からの
連絡が増え、その度に“恋人”や
“結婚”の事を聞かれるようになったらしく
彼女を無視する事ができない彼には
限界だった。
母子家庭で育った彼にとって、彼女は、
たった1人の大切な家族だったから。
「さ、どうぞ、早く、入って。」
優しい声。
彼女の笑顔を懐かしく思ったのは
昔の三上と似ていてから。
親子だし、当たり前か。
「お邪魔します」
自然と視線が動く。
スッキリと片付いた家だった。
でも、なんだろ・・
「母ちゃん、なんか・・痩せたな」
「糖尿病でひっかかった。
ウォーキングダイエットよ」
「それにしたって・・」
「レンカさん、お茶どうぞ」
彼の言葉を遮るように
私の前に汲み出し茶碗を置いた。
「ありがとうございます。・・
素敵なお碗ですね。有田焼ですか?」
「あら?レンカさん、有田焼わかるの?」
「はい、私も好きなんです」
「わぁ、ホント。すごく嬉しい。
もう、隼人なんて全然興味持たないから」
そんな彼から聞いていた。
彼女が有田焼の食器を大切にしている事。
裕福とは言えない生活の中、
少しずつ集めていた食器達。
それを手にする時、
幸せそうに笑っていたと。
だから、時間を作って
有田焼について調べて来た。
何か聞かれても、できるだけ
答えられるように。
「で?お式はどうするの?」
・・・・。
試験勉強はいらなかったようだ。
「あ、あぁ、彼女、実はバツイチなんだ。
だから、式は、もういいって。」
本当の事だ。
「すみません。」
なぜか謝ってしまった。
「あら、そうなの。
まあ、人生色々あるものね。
じゃ、入籍は?すぐするの?」
全く意に介していない様子。
「今、抱えてる仕事が
一段落したらだから・・」
「来年の3月」「5月までには」
・・・。
笑顔で彼を見る。
あんたが、3月って
言ったんでしょうがぁ
「そう、3月までには・・」
彼は顔をひきつらせながら
答え直した。
「3月ねぇ・・もうちょっと
早くできない?」
?
「・・なんで?」
自分のお椀にお茶を
注ぎながら
「ん?ん~、母ちゃんさぁ、
そんなつもりはないんだけど
もしかしたら、死んでしまう
かもしれないから。」
・・・はっ?
「は?」
えらい、
彼はちゃんと声を出した。
口は大きく空いているけど。
お茶を注ぎ終わって急須を置いた
彼女は、軽くタメ息をつきながら
「だから、余命宣告って言うの?
受けちゃって。」
・・・・。
それなりに人生経験を
積んできたつもりだったが
全く言葉がでてこない。
「・・んだよ、それ・・。」
「何って言われても・・
母ちゃんだって知らなかったんだし。」
口を尖らせて手元を見ている。
「病名は?・・いつわかったんだよ」
少し、声色が変わってきていた。
「あぁ、病気がわかったのは
・・半年前?」
答えながら小首を傾げる。
ドンっとテーブルを叩く音に
思わず体が動いた。
「なんで言わないんだよ。
いくらでも言うタイミングは
あっただろっっ」
もう10年、彼の傍にいたけど
初めて聴いた声だった。
でも、彼女も負けていない。
「電話したって、すぐ切っとった
やろ、いつ話す暇があったとよ。
こっちに帰って来る事もないし、
大体ね、言ったところで
治るわけじゃないでしょが。
そんな時に、あんたが
結婚したい人ができたって
いうから、今日だって、
頑張って来たんやろ。」
「頑張って来たって・・」
「今、入院しとるから。」
へぇ。と返事をしてしまいそうな程
普通に答えた彼女に対し、
彼は・・。
横目で見ると
「すぐ病院に戻る。
タクシー呼んで。」
視線を落として、静かに
つぶやいた。
「そんな怒らんでもいいやん」
タメ息をつきながら
立ちあがった彼女は隣の襖を開けた。
押し入れの上段。
小さなボストンバックが置かれていた。
そうか・・
ここに入った時に感じた違和感
『片付きすぎていた』んだ。
彼女は、
準備をしているんだ。
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